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オーストラリアの神話伝説

目次

  1. 人類の起源(その一)
  2. 人類の起源(その二)
  3. 太陽の出現
  4. 太陽製造
  5. 月の神話(その一)
  6. 月の神話(その二)
  7. 月の神話(その三)
  8. 洪水神話(その一)
  9. 洪水神話(その二)
  10. 湖の起源
  11. 火の起源(その一)
  12. 火の起源(その二)
  13. 火の起源(その三)
  14. 火の起源(その四)
  15. 火の起源(その五)
  16. 欺された火食鳥
  17. 鸚鵡と蝙蝠
  18. 死の起源
  19. ナーラン湖の起源
  20. 鵲の悪計
  21. 豆駒鳥と蟻食い
  22. 人真似鳥の失敗
  23. 猟師星
  24. 星になった七人姉妹
  25. 貯水樹の怪
  26. 石の腰飾り
  27. 子忘れ母
  28. あび鳥と鷲鷹
  29. 蝙蝠の蜂蜜探し
  30. 暁の明星の由来
  31. 貸し惜み
  32. 梟と月男
  33. 脚の御馳走
  34. 火食鳥の火傷
  35. 怠け者の仕事
  36. 女医者カンガルー
  37. 虹のかけ橋
  38. 旋風と目潰し
  39. 死体から出る声
  40. バイアミーの入会式
  41. 怠け者と働き者
  42. 兵士鳥
  43. 風物語
  44. 楯の甲羅
  45. 雨乞い医巫

神名・人名リスト

神名・人名等概要
プンジェル人間をつくったとされる。
ディネワン火食鳥
ブラルガー土人
グールグールガーガー暁の明星が消える時に鳴く鳥
バニイプ男が釣り上げた水の魔物。その母親が原因で洪水が起きたとされる。
パリアング
カラカルークパリアングの妹、女たちを助けるようにパリアングに言われて、蛇どもを人間界で殺した。
バイアミー太った男、大兵の人、男性の名。
バーラーヌールーバイアミーの二人の妻
カンナンベイレーバイアミーの二人の妻
ウィーダー人真似鳥、炎の中で頭が爆発して生まれた。
バール―月の神
イーイー太陽の神
グウィニーブー駒鳥
グーマイ河鼠
クァリアン鸚鵡の猟師、グウィニーブーとグーマイの呪いで嵐が起こり鳥となり星となった。ギッジャーリーガー星との間にはカンガルーがいる。
ギッジャーリーガー鸚鵡の猟師、グウィニーブーとグーマイの呪いで嵐が起こり鳥となり星となった。クァリアン星との間にはカンガルーがいる。
ワーランナー
ミーメイ乙女。ワーランナーのたどり着いた河の付近で7人の乙女が住んでいる。7人は七曜星となる。
ビルバー大鼠
ワッラウィルバールー悪魔の棲む旋風の意、マゼラン雲
ミリンズールーナッバー寡婦のお婆さん、子供たちが死んでしまい、怒って入会式に参加している人々を樹木に変える
民族一覧
民族名概要
アルンタ族
東南部族
西南部族
クウインズランド
ニュー・サウス・ウェールズ
東部沿岸部族
西部ヴィクトリア
ヴィクトリア
メルボルン附近の部族
道具・食べ物
名前説明
飛去来器[ピンインfēiqùláiqì](ブーメラン:boomerang)オーストラリア土人の一種バーレン族の用いる武器
ディーウール粉を引く平たい石
グルーエー梅の実と似た果実
グィエベット蔓草で、西蕃蓮(とけいそう)のような実を結ぶ
グーレイ網でこさえた小さな背負い袋で、土人の女たちは、子供でも物でもみなこれに入れて背負って歩いていた。
ワーリー木壺のこと。船形に木の皮を削り込んだもので、蜂蜜などをいれる
ムーヌーン火食鳥狩のための槍
地名
名前概要
ガラー村
ナーラン湖
クーリゲル泉
ブーギラクーリゲル泉のあるところ?
ビーマーリー
グーグーレウォン森林地、樹木の住処
ギッラーウィーン花草原
ダーランジビッラーブリューワリッナとウィッダ・マールチーとの間にある。
ヌーンズーの泉

人類の起源(その一)

世界の始めは海だけで、やがて海が北の方に退いて行きいくらかの陸地が現れた。その頃二人の神が西の空から下界を眺めると、海の端にいろんな形の生き物がうごめいていた。
神々はその生き物を男女の人間にしようと言って、空から海の端に降りた。生き物は手足もなく、眼も見えず、耳も聞こえず、食べ物も食べることができない、のっぺっらぼうなものだった。
二人の神様は石の小刀を使って、生き物に手や足をこしらえた。それから口を切り開き、眼を作った。それが人間の始まりだった。(中央オーストラリア、アルンタ族)

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人類の起源(その二)

世界の始めにプンジェルという神が人間をつくろうと思った。プンジェルは粘土を掘り取って水をかけて、よく練り混ぜ、それから粘土をこねて人間を作り始めた。
まず、足を作って、脛を作って、胴体を作って、両腕を作って、一番最後に頭を作った。
人間の形ができると、プンジェルは嬉しそうに永い間眺めていましたが、やがて、その周りを回って踊り出した。それから期の皮を剥いで細長く裂いて頭の上に植え付けた。それが毛髪となった。
プンジェルは毛髪を作るとまた粘土の人間の周りを回って踊り出した。今度は手のひらで粘土をよく撫で、人間牡肌を滑らかにした。それからそれを大地の上に寝かして、口と鼻と臍に唇をつけて強く息を吹き込むと、年dのの人間がむくむく動きだした。
プンジェルはいよいよ喜んで、三度目の踊りを始めた。人間はやがて立ち上がって、ものを言うようになった。
これが世界に人類の現れた始めだった。(東南部族)

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太陽の出現

世界の始めには、月と星だけがあって、太陽はなかった。ある日、ディネワンという火食鳥とブラルガーと言う土人とが喧嘩をした。ブラルガーは腹が立ったあまりに火食鳥の巣の所に駆けて行って、大きな卵を一つ摑んで空に投げ上げた。卵は空にあった薪にぶつかって、薪が炎々と燃えだした。
今まで薄暗い中に住んでいた地上の者たちはその光でほとんど目がつぶれそうになった。これが太陽の始まりだった。
空にいる神様は、それを見ると、その光を素晴らしいと言いいつまでもそのままにして置こうと言った。
神様は大勢の召使と一緒になって、夜毎に薪を積み上げ、朝になるのを待って、暁の明星を人間界に送って薪に火がついて明るくなることを知らせる。
しかし、朝寝坊の人間は暁の明星の現れるのに気が付かず、グールグールガーガーという鳥に言いつけて、毎朝暁の明星が消えるや否や、大きな声で鳴き立てさせることにした。(西南部族)

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太陽製造

世界の初めには、光り輝くものはただ月だけだった。月は、自分が一人空に住んでいては寂しいので、他に光る物を作ることにしようと言って、太陽を作った。太陽は女だった。月は、人間をつくるのと同じように、太陽に二本の足を作り、手はたくさん作った。
それで太陽が空に昇ったり、海に沈んだりするとき、よく見ると、無数の手が伸ばされているように見える。(クウインズランド)

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月の神話(その一)

昔一人の年を取った男が、親類にあたる二人の若者と一緒に暮らしていた。老人はひどく肥え太って怠け者だった。
二人の若者は毎日のように狩に出て、老人のためにいろんな獲物をもって帰ってきたが、老人はいつも旨い肉を独り占めにして若者たちには骨や皮ばかりを与えた
二人の若者は嫌になり逃げだそうと相談した。家にあったいろんなガラクタ道具に老人が自分たちを呼んだら代わりに返事をするように頼み、家を抜け出した。
二人は途中で一羽の火食鳥を手に入れた。それを料理して食べようとする途端にそれがタブーであることに気が付いた。
ここの部落では、若者は火食鳥を口にすることができない決まりで、年上の男の手から火食鳥の肉を受け取るとその後は食べられる掟だった。そこで二人は老人を利用しようと相談した。
二人は高い岩に昇って、火食鳥を老人に見せつけながら少し上げようかと尋ねた。老人は岩に登ることが出来ず、下に立ったままおいしいところを要求した。
若者たちは一切れの脂肉を放ると、老人は脂肉など食えるかと言って岩の上に投げ返した。こうして二人の若者は年上の男から肉を受けたので、以後は自由に火食鳥が食べられるようになった。
老人はどうにかして若者の側に行こうとしたが、若者たちは岩の上に来たいなら、木の枝を立てかけて伝ってくればいいと言った。
老人はすぐに木の枝を折って来て、岩に立てかけた。しかし若者たちは老人が樹の枝を折っている間に、岩をぐっと高くしたので、何の役にも立たなかった。
老人は気をいら立たせて、今度は長い棒を探してきて、それを伝って登り始めたが、脂肉を摑んだので手が滑ってうまく登れなかった。
やっと岩の頂付近まで登ってきたが、若者は棒を揺すって老人を大地に落とした。老人は二匹の犬の上に落ちたので命だけは助かった。
しかし、ひどく腰を打ったので、それ以来歩く時には、腰を曲げなくてはならないようになった。この老人が月になった。だから、月は時々曲がっている。それを人々は新月と呼ぶ。(ニュー・サウス・ウェールズ)

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月の神話(その二)

昔二人の兄弟が蜂蜜を探しに出かけた。とある樹の洞の中に蜂の巣を見つけたので一人が腕を差し込んで、それを引き出そうとしているうちに、腕が穴に挟まって抜けなくなった。
彼は大きな声で叫んだ。もう一人の男はそれを聞きつけて、村の人たちに助けを乞うたが誰も相手にしてくれなかった。
困っていると月がやって来て、助けてあげようと言って、樹に登って、頭を洞に差し込んで大きなくしゃみをした。その拍子に挟まっていた若者の腕がすぽりと抜けた。
兄弟は助けてくれなかった人々を殺してしまおうと決心した。しかし月は殺してはいけないと言うので、あらかじめ穴を掘って月をその中に隠しておいた。
そして村中の草に火をつけ、多くの人が焼き殺された。
しかし、まだ生き残った人が少なくなかったので、今度は月だけを高い樹の頂に登らせて、再び村に火をつけた。
人々はまた大勢焼き殺された。それでもまだ生き残った者があるので、今度は月を空に昇らせて、三度村に火をつけた。
人々はこれでとうとうすっかり焼き殺されてしまった。
ただ月だけが空に居残って、毎夜輝くようになった。(クウインズランド)

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月の神話(その三)

昔は空に月がなく、夜はいつも真っ暗だった。袋栗鼠族の一人の男が、月を我物にして、昼の間は岩の裂け目に隠しておいて、夜になると、人知れずそれを取り出しては、楯に付けて持ち歩いていた。
ある夜、草種子族の一人の男が、道を歩いていると、向うの方に光る物があり、近寄ってみると一枚の楯の上に月が結びついてあった。
男はその楯を拾い上げて、一散に駆けだした。しばらくすると、袋栗鼠族の男が楯を盗まれたことに気が付いて、気違いのように追っかけてきたがどうしても相手の男に追いつくことが出来なかったので後ろから大きな声で月に向かって空に飛び上るように、そして毎夜空から下界を照らすようにと叫んだ。
月はその声を聞くと、たちまち楯を離れて、高く空に飛びあがった。そして、夜毎下界を照らすようになった。(アルンタ族)

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洪水神話(その一)

昔世界に水は一滴もなかった。一匹の大きな蛙が地上の水をすべて飲み込んでしまったからだった。世界中の者は困り、ある日寄り合って相談をして蛙を笑わせて腹の中の水を吐き出させるために可笑しな踊りを踊ることにした。
そこでいろんな動物が帰る野目の前にでて、腰を振ったり目をむいたり、できるだけ滑稽な姿をして踊って見せたが、蛙はしかめた顔をしているだけであった。
最期に一匹の鰻が、身体をよじって踊り出した。蛙はそれを見るとどうしても澄ましかえっていることが出来なくなり思わず笑みを浮かべた。
鰻はいよいよ可笑しな様子をしたので、さすがの蛙も堪りかねて、大口を開けて笑った。途端に腹の中の水が、流れ出たので辺り一面が洪水となり、人間も獣も死んでしまった。
ただ二、三人の男と一人の女だけが、水に押し流されてやっと小さい島に漂いついた。
暫くすると一羽のペリカンが丸木舟に乗って島にやってきた。そして、そこにいる男女を見ると気の毒に思って、一人ずつ本土に連れて帰ることにした。ペリカンは、男たちは皆連れて帰ったが、一人の女だけはそのまま島に残しておいた。
ペリカンはその女を自分の妻にしようと思っていたのでした。それを悟った女はペリカンが本土に引き返している間に、一つの丸太を見つけて、それに自分牡衣を着せて、寝かしておいた。そして自分は海を泳ぎ越えて、本土に帰ってしまった。
島にやってきたペリカンは女の名を呼んだが、返答がなくそのうちに女の衣を着た丸太を見つけケルト衣が捲れてその下から丸太が出てきたので、ペリカンは騙されたと思って戦をする準備に自分の体を白く塗り立てた。
その頃のペリカンはみんな体が真っ黒だった。そこへ一羽のペリカンが訪ねてきて、身体の半分を白く塗ったペリカンを見ると、可笑しな奴がいると言うなりとびかかってくちばしの先で相手を付き殺してしまった。
それ以来ペリカンは体の半分が黒くて、半分が白いようになった。(東部沿岸部族)

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洪水神話(その二)

あるとき幾人かの男が湖で魚を釣っていた。一人の男が、自分の釣り針に新しい餌をつけて、水の中に投げ込むと、やがて凄まじい勢いで糸が引っ張られた。
男が大喜びで糸を引き上げると、バニイプという魔物がかかっていた。友達たちは驚き恐れて、魔物を捕まえると他の魔物が起こって殺しに来ると言った。
しかし釣り上げた男は水の魔物を捕まえて自分の家にもって帰った。
するとその魔物の母が起こって湖の水を陸に溢れさせた。すると国中が見ずに覆われてしまい、人々は驚き慌てて高い丘に逃げ登った。
しかし、日が経つにつれて、洪水はだんだんと高まって来て丘を取り囲んだ。果ては丘の上に立っている人々の足元迄水が上ってきた。
人々はこのままにしていては溺死をするより他はないのでみんな黒い鳥に変わってしまった。

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湖の起源

昔は水という水が一つの石の下に隠されていた。それは一人の欲張った男がいて、水が良いものでほかの人間に渡さずに自分ひとりのものにして、大地に流れる水を一か所に集めてしまって、その出口に大きな石を据えたからだった。
人々は水がなくてたいへん困ったが、それがどこに行ってしまったのかさっぱりわからなくてどうすることもできなかった。欲張った男は、自分が欲しい時にこっそり水を取り出して、それを飲んだり使ったりしていた。
しかし、とうとう鳥どもがそれに気が付いて、その男が出かけている隙に、そっと石の側に忍び寄り力を合わせて、石をはねのけると、隠されていた水が流れ出して、一つの大きな湖になった。(西部ヴィクトリア)

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火の起源(その一)

鶴とカンガルーが結婚したころ、まだその地方には火がなかった。食べ物は生か日干しにしたものを食べていた。
ある日鶴が二つの木片を擦り合わせていると、火花が散り、さらにこすると薄い煙が立ち始めた。
鶴はカンガルーに、自分たちで勝手に火を起こせたら、食べ物を焼くことができるので便利だと言った。
カンガルーも急き立てて棒の先を裂いて樹皮や草を詰めるように言った。鶴はその通りに草や樹皮を詰め、棒をこすり続けた。すると小さな炎が立ち草に燃え移り、火を起こす方法を知ることができた。
二人は炎を見て自分たちが発明したから他の者には知らせないように料理をするときは茨の叢へ行くことにして、火打棒は茨の実の口を開いた中に隠し、火打棒の一つだけは皮の鞄に入れて持ち歩くようにした。
二人が村へもって来る魚は、美味しかったため人々は奪うように食べた。村人たちは何か秘密があると言って噂し始めた。
ある日、村人たちは夜梟(よふくろう)と鳩を呼んで二人の秘密を探ることにした。
二人が魚をもってどこかへ向かうところを夜梟と鳩はつけていき、二人が茨の叢で炎を起こしている所を突き止めた。
夜梟と鳩は村へ駈け込んで人々に告げると、村人たちは火を盗もうと考え、鶴とカンガルーが帰ってきたときに盛大な土人踊りを開いて鶴とカンガルーが見とれているうちに革鞄の火打棒を盗みだすことにした。盗む役は鋭い眼で素早く飛ぶことができる鷹を選び、病気の振りをして鶴とカンガルーを油断させることにした。
こうして村人は計画を立てて、ブラルガー族(面白い踊りで有名)を招き盛大な祭りを行った。そこでは黒鸚鵡やペリカンやおおはむ鳥やミリア―族(カンガルーの美人の多い)や猫(見栄えしない色とされる)や文鳥、ガーラ―族(鸚鵡)、鳩(新緑と真紅の装い。脇腹を真っ赤に飾っているため「赤翼」と呼ばれるようになった。)などがやってきた。
鶴とカンガルーも祭りにやってくると、鶴はカンガルーに革鞄を守るように言い含めたが心配だった。カンガルーは乙女心に踊りに夢中になり、鞄が腕からすり抜けたが鶴は忠告をすると再びカンガルーの腕に掛けた。二人の虎にで病気の振りをしていた鷹は目の前に落ちた鞄を盗み取ることが出来なかった。
ブラルガー族の踊る番になると、人々の目は一斉に彼らの上に注がれたが、鷹の眼だけは鞄を見つめたままだった。
ブラルガー族の踊りは敬礼からつま先踊り、鶴のように滑稽な踊りをしたり、珍妙な腰振り踊りへと変わって行った。(コケティッシュと関係がありそう)
見物人はますます盛り上がり、カンガルーと鶴も夢中になり、カンガルーは鞄をすっかり忘れて後ろに倒れながら腕から落とした。鷹はそのすきに鞄から火打棒を取り出して側にあった草の塊に火を放った。鶴は鷹を追いかけたが鷹は火打棒で草原に火を放って行った。
そして鶴は疲れて、引き返してしまった。そのうちに鶴は火を起こす方法を大事にしておくことが無駄だと知った。こんにちではどんな村にも火のないところはないと言う程に広がった。

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火の起源(その二)

昔世の中には火がなく、ただ一匹の袋狸だけが火を持っていた。
袋狸は、燃え木が消えないように気を付け肌身離さず大切にしていた。他の者は大変羨ましがって火を分けてくれとお願いした。袋狸はそのたびに断り続けていた。
そこで他の動物たちは集まって話し合い力ずくか計略で火を盗もうということに決めた。
そして鷹と鳩がその仕事を引き受けることになり、鳩は昼夜袋狸の側につき纏い隙を狙っていた。
あるときいい機会があり、燃え木をめがけて駆け寄ったが、袋狸は目ざとくそれを見つけ河をめがけて放りだした。
他の者に渡すぐらいなら水で消したほうがいいと考えたからだった。
しかし、鷹が翼で燃え木を叩くと燃え木は乾いた草の上に落ちて火が遠くまで燃え広がった。こうして世界中の者が火を手に入れた。(ヴィクトリア)

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火の起源(その三)

昔は世界中に火がありませんでした。人々は食べ物は生のままで食すか干して乾かして食べるしかなかった。
ある日一羽の鶴が、何気なく二本の棒をすり合わせているうちに、火花と煙がでた。鶴は驚いて妻に自分の手で火を作ることが出来たら、素晴らしい事だと言うと妻は棒の先を割って割目に草を挟んでみようと言った。
鶴はその通りにして棒を擦り合わせると、火花が草に着き炎が起こった。
こうして鶴は火を作り出したが、他の者には秘密にしていた。肉を料理する時は仲間の者から離れて火で肉を炙った。しかし、しばらくすると人々は、鶴の料理した肉が、際立って旨いことに気が付いた。
他の者が鶴にどうやって肉をこしらえたのかと口々に尋ねたが鶴はいつもみんながするとおりにしたと答えた。
しかし、他の者は鶴の言葉を信じずひそかに様子をうかがって秘密を知った。
人々は鶴が隠している火を盗もうと思い、みんなで滑稽な踊りを踊る祭りを催し、鶴がそれに気を取られているうちに火を盗みだして草に火をつけた。こうしてみんなが火を持つようになった。(ニュー・サウス・ウェールズ)

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火の起源(その四)

初めの大地には、火と言うものがなく、一羽のみそさざいが天に昇って火を手に入れてこようと決心した。みそさざいは、天に達して燃えていた火を少し盗み出した。
みそさざいは自分だけが火を手に入れて他の者には隠しておくことにし、自分の尻尾の下に火を隠して、大地に戻った。
他の者はみそさざいを見ると火が手に入ったかと熱心に尋ねたがみそさざいは自分の力では及ばないと落胆してみせた。
他の者はこれを聞くとがっかりして、みそさざいは罪悪感によって日本の棒をすり合わせると火ができるかもしれないと言った。他の者は棒をすり合わせたが、火は起きなかったとみそさざいの方を向いた。すると一人が途端に笑い出しみそさざいの尻尾を指さした。
見ると尻尾の一か所が真っ赤な斑点となり、火が隠されていた。みそさざいも知らぬふりをできず自分が火を手に入れたことを話し、みんなに火の作り方を教えてやった。
こうして世の中に火があるようになり、みそさざいの尻尾には、一部赤いところがあるようになった。(クインズランド)

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火の起源(その五)

あるとき二人の女が蟻塚を手に入れるために、一本の樹を伐っていた。そこに沢山の蛇が現れて、女たちに襲い掛かってきた。
女たちは棒を振り回して蛇と戦っているうちに、一人の女が棒を石に打ちつけて折ってしまった。その途端に火が出た。そばにいた鴉が火をもって逃げた。
二人の男はそれを見つけて追っかけた。鴉は懸命に逃げたがとうとう追い詰められたので火を地面に落とした。すると火は草に燃え移り、大火事になった。空にいるプンジェル神がそれを見つけて、二人の男を天に移して星にして、地上の火事を消した。
そして人々に向かって、火が手に入ったからそれをなくさないように戒めた。
しかし暫くすると、人々は手に入れた火をなくしてしまった。火がなくなるとたくさんの蛇がのさばり返って、女さえ見つけるとすぐに襲い掛かってくるようになった。
そこで天にいるパリアングという神様が自分の妹のカラカルークに人間界へ行って女たちを助けるように言った。
カラカルークはすぐに人間界に降って行って、大きな棒を振り回しては蛇を殺していた。するとある時棒が石にあたって折れる途端に火が出た。すると鴉がまたそれをもって逃げ出したので空に移された二人の男がそれを取り戻すために、人間界に降りてきた。
鴉は高い山の頂上に火を隠したが、二人の男は早くも気付いて山に登り火を取り戻して人間たちに渡してやった。 (メルボルン附近の部族)

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欺された火食鳥

火食鳥は一番大きな鳥で、大勢の者が王様として崇めていた。野雁(のがん)たちはこの火食鳥がうらやましくて、野雁の母親は火食鳥の母親を目の敵のようにしていた。
野雁の母親は火食鳥たちが大きな翼で高く飛んだり、大きな脚で速く走っているのを見て、舌打ちをしていた。
こういう時に限って火食鳥の母親が愉快に飛び回って野雁の母親の前に来て威張った声で叫びたてるのであった。ますます気を苛立たした野雁の母親は、考えて独り言を言いながら気味の悪い笑みを漏らしていた。
身体の小さい野雁は、身体の大きい脚の早い火食鳥の敵ではなかった。
ある日、遥か天空高く舞い降ってきた火食鳥の母親を見ると、野雁は大地にしゃがみこんでしまって両翼がまるでなくしてしまったもののように、素早く体の下に押し隠してしまいました。やがて降りてきた火食鳥の母親は優しく何をしているのか尋ねたところ、彼女は、いつになく清々しい顔をして火食鳥のことを褒めそやし、自分には翼がなくても飛べると言ったり、それくらいのことが出来なければ王様として恥ずかしい、自分が翼がなくて飛んでいる所を見たら沢山な鳥が自分を王様だと言って崇めるだろうと誠らしく述べ立てた。
火食鳥の母親は、訝しそうに眼を見開きながら、野雁の母親にも翼があるのではないかと聞き返したが、野雁の母親の翼は体の下に隠されているのでさっぱり見当たらなかった。火食鳥の母親は黙りこくって帰って行き、夫はその様子を見てどうしたのか尋ねると、彼女は口を開き、今日の有様を話して聞かせた。夫は野雁に王位を取られてはたまらないと翼を切ってしまうことにした。
夫の声に励まされた彼女は見事な翼を夫の前に差し出した。夫は斧を振り上げて、惜しげもなく断ち切ってしまうと、今度はお嫁さんの手で、自分のも切り取ってしまった。夫はこれで自分たちの地位が安泰になったと言って野雁がどんな顔をするか行って威張ってやるように言った。
火食鳥の母親は嬉しそうに跳び出て野原に行くと、野雁の母親はまだじっとしゃがんだままだった。
火食鳥の母親は自分にも翼がないと言うと、野雁の母親は、出し抜けにぱっと飛び上がりざまに、笑うとかくしていた翼を広げて嬉しそうに羽ばたきした。野雁の母親は見事に罠にかかったとあざ笑うと、火食鳥の母親はたちまち怒り立って彼女に飛びついた。けれども野雁の母親は勢いよく羽ばたきすると、それを尻目に飛び去った。翼をなくした火食鳥は飛び上がろうとして身をもがいて、果ては口惜し涙が両頬を伝って流れていた。
やがて火食鳥の母親は家へ引き上げてきて、夫に物語った。夫は嫁の顔を見つめたまま、残念そうに歯噛みしていた。考えているうちにお嫁さんの胸には妙案が浮かんだと見え、子供はただ二人だけを残して、その他は残らず大きな藪陰に隠した。
そして二人の子供を連れて、野雁たちの住んでいる野原にやって来ると、野雁の母親は十二人の子供たちを集めて食べ物を与えている最中だった。火食鳥は何食わぬ顔をして、さもなれなれしく挨拶を済ませると、たくさんな子供を育てては皆満足に育たない。自分は二人しかいないからよく育つ。二人分の食べ物で、十二人育てるのは無理な話だ。と言って太って色艶漲った自分の子供を見せつけた。
身体が小さいので妬ましくてならなかった野雁の母親は黙りこくっていたものの心の中ではなるほどと感心してあのくらい大きい子供を持ったら、どのくらいうれしい事だろうと思い、またもしかしたらこの間の敵討ちではないかと考えていたがふと後を振り返って火食鳥が二人の子供に楽しそうに食べ物を与えているのを見ると嫉ましい心が再び燃えて、決心をした。
やがて野雁の母親は帰ってくると二人の子供の他は残らず殺してしまい、二人の子供を連れて火食鳥の所に戻ってくると、火食鳥の母親は食事をとめて、他の子供はどうしたのか聞いた。すると野雁は二人を残して殺したので、食べ物も充分で火食鳥の子供にも負けないと誇らしげに答えた。
火食鳥の母親は自分の子供を殺してしまうのは欲張りで残酷な母親だ。自分にはやっぱりちゃんと十二人の子がいるし食べ物は充分に見つけてあげている。一人でも大切な我が子を殺せるものか、たとえ殺せば翼が戻ってくるとしても殺すことはできない。といった。
驚いた野雁は火食鳥には二人しか子供がいないと言ったが、火食鳥は昔から十二人の子供がいると言うと、十人の子供をぞろぞろ連れ出してきた。子供たちは喜びのあまり縦縞皮膚を震わせて、幼子歌を歌いながら、野雁の側に来ると歌をはたとやめ、同時に真顔になって睨み下した火食鳥の母親はこう言った。
「それ、御覧なさるがいい。私のいったことは、嘘ではないでしょう。十二人は、ちゃんとそろっていますよ。さ、ゆっくりとこの大事な子たちを孔のあくほど見て、母親から殺された可哀想なお子さん方を、お想いだしよ。そうしておいでなさる間、あなたの子孫の運命は、どこまでもどこまでも、次のように定められていくことでしょう。
それは、悪計で私たちを欺いて、翼をなくさせてしまった罰に、火食鳥に翼がない間は野雁にも、卵は二つしかできません。子供も二人しかできないということですよ。では、私たちは帰るといたしましょう。あなたには翼がありますね。私には大きな子供たちが、これこの通り沢山賑やかにいますよ」
と凛として言い放った。
それからというものは、火食鳥に翼はなく、野鴈には、一時季ごとにただの二つしか卵が出来ないようになった。

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鸚鵡と蜥蜴

何事もしないで、ただのんきに日向ぼっこばかりしていた蜥蜴が、それにもとうとうあいてしまって、出かけて遊ぶことにした。そして飛去来器と取り出し投げ方の稽古を始めた。その時一羽の鸚鵡が、ぶらりやって来て、その傍にじっと立ち止まったままブーメランが飛び戻ってくる様を、さも面白そうに眺めていた。これは「バッバラー」と言って、ほかのブーメランよりも小さいのに、一際弾力が強く、一度うまくまげて投げ放てば、的に当たって、ぽんと跳ね返ってくるようになっています。
蜥蜴は、そばで美しく着飾った鸚鵡を見ていると言うので、鼻高々とこれ見よがしに、「バッバラー」を曲げるが早いか、力いっぱいに投げ放った。「バッバラー」は小気味よいうなりを立てながら、風を切って飛んで行った。するといきなり恐ろしい勢いで跳ね返ってきた「バッバラー」は、一心に眺めていた鸚鵡の頭を、さっと掠めたと見る間に、美しい頭飾り毛を、根こそぎにもって行ってしまった。狂い立った鸚鵡は、悲鳴を上げて飛び回りながら、呻き声を立てて、血潮滴る頭を大地にこすりつけていた。驚いた蜥蜴は、茨の藪指して一目散に逃げ込んだ。素早くこれを見つけた鸚鵡は怒鳴りながら藪陰に隠れようとする尻尾を加えて力任せに茨の棘の上にこすりつけた。
泣き叫んでいる蜥蜴の皮膚には、見る間に孔が出来て、真っ赤な血が流れていた。気持ちよさそうにほほ笑んだ鸚鵡は自分の頭をその孔だらけのトカゲの皮膚にこすりつけながらこう言った。
「お前の皮膚の上には、いつもこのように茨の針と俺の血糊とを、いつまでもいつまでも存分に担わせてやるんだ」
とのろうように言い放った。鸚鵡の冠毛の下に見える剥げ跡は、こうして蜥蜴のために受けた傷跡で、まだガラー村地方の蜥蜴は、こうしたためか、赤褐色の体中には、茨の棘のような針毛がみっちりと生えている。

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死の起源

ある夜、月男が、銀色の光を投げながら、眼を皿のようにして、しきりと下界をみおろしていた。木も草も人も枕を並べて寝静まると頃になると、地上の人たちからは「蝮蛇(まむし)」「黒蛇(くろへび)」「虎蛇(とらへび)」と呼ばれている三匹の猛蛇を相手に、月男が楽しく遊び戯れるときは来るのでした。すると数多の土人達の黒影が大地から浮き出たように、くっきり現れて来た。月男は、目ざとくこれを見とがめて人間たちに蛇たちを河向こうに渡すように呼び掛けると、土人達は予てから地上の犬や人をかみ殺すので虫けらみたいなように嫌っていた蛇だったので、迷惑そうな顔をして断った。
これを聞くと月男はむっとして、言いつけ通りに働けば、その褒美に死んでも魂をよみがえらせるし、最期の地をいつまでも安住の地として遣わすと言って、運命の木片を見るように言うと、手にしていた木片を河の中に投げ込んだ。
木片は再び上がってきた。月男はそれを見せて自分の言うことを聞けばこうした幸福がめぐってくると言い、たとえ一度は死んでも再び楽しい世界へ上がって来ることができると伝えた。そしてまた、一つの石を取り上げて、水面めがけて投げ込むと石は水煙を立てて、水底深く沈んだ。それを見せて言うことを聞かなかったら石のように二度と楽しい世界へ浮かび上がることはできないといった。土人たちはその言葉を聞いて自分たち人間にはその蛇が怖くてならない。と答えた。
月男は自分が蛇を担いで恐れるに足りないことを見せると言って、その声が止んだと思うと下界を指して降りてきた。彼の両腕には「黒蛇」と「虎蛇」が腕輪のように巻き付き、「蝮蛇」は彼の肩の上に蜷局をまいて、鎌首を彼の頸(くび)の方にもたげていた。
月男は恐れるところもなく平気な顔をして、三匹の蛇を川向うに渡してしまうと、今度は大きな石を取り上げて水面めがけて投げ込んだ。そしてこういった。
「これ見たか臆病者。お前たちは、よくもこのわしの、この月男様の言うことを聞かなかったな。もうお前たちは一度死んだら、二度とよみがえることはできまいぞ。お前たちが死んで、これから落ち着く先は、いつまでもいつまでもいなけらばならぬ所じゃ。見ろ、一度投げ込んだ石は、再び浮き上がっては来まい。崩れて、散って、土となってしまうのがお前たちには本望じゃな。わしのいうことを聞いていりゃ、たとえこのわしが死ぬたびごとに、お前たちも死ななければならぬけれども、わしがあかあかとよみがえるたびに、お前たちは嬉しい蘇生の時は来る。だが、いまのお前たちには、生きているときで、たかの知れた土人間、死んで、骨の塊と腐れ落ちるだけの話じゃ」
こう叫んだ月男の顔は、恐ろしく不機嫌そうに見えた。三匹の毒蛇たちまでが恐ろしい響きを立てながら、這って行った。やがて月男と三匹の毒蛇の姿が、ぽっつり森の木蔭に見えなくなると、今まで恐れおののいていた土人たちは、ほっと元気づいて、さも忌々しそうに後を見送りながら、蛇が月男の側を離れでもしたら、そのまま生かしておくものかと言った。
それからというものは一匹の蛇さえ見れば、人々は片っ端からそれを殺した。けれども月男は土人が地上に住んでいる間はどこまでも蛇を遣って、自分の頼みを聞かなかったということを思い知らようと言ってはますます蛇を下界にやるばかりだった。

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ナーラン湖の起源

ある時年寄りのバイアミー(太った男)が、二人の若妻バーラーヌールー、カンナンベイレーに向かって、蜜蜂を捕らえて後脚の間に一本の白羽を結び付けておいたから巣を突き止めて蜂蜜を取ることが簡単になった。しかし、妻二人にも出かけてもらって甘藷(いも)と蛙漁りをやって来くるように提案した。今晩の宿は、クーリゲル泉の辺りにして、蜜のように甘い水を掬っておいしい夕飯を食べるのは格別だ。と言った。ほどなく籠や棍棒を持って出かけた二人の妻は、面白そうにたくさんな甘藷を掘り、蛙を捕らえたりして、だんだんと歩んでいった。ほっと一息ついて、何気なく目を上げると、すぐ目の前には、水晶を溶かしたような真っ青な水が、鏡のように静かに光っている。いつ見てもこの湖は美しい早くあの冷たい水を浴びたい、何より宿の用意をしようなどと、語り合いながら、樹の枝を組み合わせて、心ばかりの休みどころをこさえて、その下に今日の獲物を残らず置いた。普段から「ナーラー、ナーラー」という思い頭を持った武器で叩かれながらしつけられていた二人のお嫁さんはバイアミーが来てもすぐに休めるように寝場をこさえ、まだ乙女のように若い二人あh、来ていた娘着を泉の側の地上に脱ぎ捨てるが早いか、銀の水をかき分けて、飛び込んだ。波紋はきれいな条を描いて広がった。すると突然に、頭を現した二匹の鰐が大きな口を張り裂けるほどに開いて、立った一口にぱくりと飲み込むが早いか、岸辺の水底深くの孔の中へ、ぐいぐいと潜り込んでしまった。それは、ナーラン河へ通う地下水路の入口であった。鰐たちが、水路をぐんぐん抜けていくと、それと一緒に泉の水も、恐ろしいほ勢いでみなナーラン河へと流れでて行った。ほどなく鰐たちは、ひょっこりとナーラン河の水底へ出た。その通り過ぎた跡は干上がってしまった。
そんなこととは夢にも知らないバイアミーは、目標をつけておいた蜜蜂を、懸命になってつけて行き、とある花にぱったり止まったまま動こうともしないので、さては、何事か起こった知らせに違いない、クーリゲル泉へ行って、妻たちの安否を見届けることにしよう、確かにあれは、大凶事の知らせだと思わず叫んだ。そして踵を巡らして、一散に泉を指して急いだ。ほどなく泉のそばに来てみると、新しくこさえた小屋の下には、甘藷や蛙などの獲物が、籠にいれたままちゃんと置いてあったが、二人の妻の姿は見えなかった。すると泉のほとりに脱ぎ捨ててあった着物が目にとまり、いつもあふれるほどにある泉の水は、今日に限ってきれいに乾きあがっていた。
バイアミーは鰐の仕業と悟り、妻たちをかっさらって地下の穴から逃げたのを知ると、逃がすものかと地下の穴がナーラン河へ流れ込んでいる所もよく知っていると思わずうなずき、物の具に身を固め槍を引っ提げて急ぎ駆けつけたところは、クリーゲル泉からの穴がナーラン河へ流れ込んでいる淵の辺であった。いつも真っ青な水が、なみなみしている所はもうすっかり乾きあがっていて、まるで陸のようだった。夫は、これを見て遅かった、しかしまだたくさんな淵があるのを知っている、しかし河の縁に沿って行っては、遠回りしなければならない、淵から淵へまっすぐ穴を開けて進んで行こう。奴らに追っつかないでなる物かと言って、かねてから知っていた淵から淵へと、懸命に近道の穴を掘り続けて行った。この道は、いまもなおナーラン河に沿って走っている、二筋の小高い石道として残っていて、バイアミーは、だんだんと進んで行ったが、どの淵もどの淵もみな乾き上がっていた。とうとうそのうち、ナーラン河の端まで追い詰めてきた。最後の淵は、今鰐たちが身を潜めたばかりと見えて、気味の悪い泡を立てていた。ほどなく怪物のような鰐たちが水面に現れた。そっと先方に忍び出たバイアミーはおおきな菩提樹の後につと身を寄せて、眼をぎろぎろさせていると、鰐たちは、のそりのそりと水面から這い上がって、一匹は他の方角さしていこうとしていた。身構えていたバイアミーは、諏訪とばかり投槍を矢のように投げつけた。重傷を受けた鰐が、石のように堅い尾を力任せに大地に打ち付けながら、狂いまわると地面は瞬く間に掘り返されて、焚くさあんな大穴があちらにもこちらにもできた。鰐と一緒に押し寄せてきた水は、渦巻ながらその穴へ流れ込んだ。勇気付いた彼は、手当たり次第に水の中目掛けてつくと剛者の鰐も、とうとう鋭い穂先にかかって、倒れてしまった。それからというものは、満潮時になるとナーラン河をさかのぼってきた水が、鰐たちの尻尾で彫りあげられたこの穴へ流れ込む。バイアミーは、眼に喜びの色を浮かべながら、すかさず鰐の腹を裂いて、お嫁さんたちの体を取り出した。そして粘液で濡れている彼女たちの体を、赤蟻塚の上へ引きずってくると、やがて砂をまいたようにたかりかかって来た蟻どもは、ぬるぬるした粘液を、すっかり嘗め尽くしてしまった。すると彼女たちの体の筋肉が、びくびくと動き始めた。バイアミーは蟻が刺すのがわかると見て、息があることを確認した。
すると雷のような大きい響きが、お嫁さんたちの耳元からどっと轟いて来て、谷を伝い山に反響して、だんだん細くなって行った。ほどなく、いままでぐったりしていた彼女たちは両目をぱっちり開いて、やがて身を起こし始めた。そして、眼をぎろぎろさせながら立っていたが、出し抜けに打ち震い始めたかと思うと、すぐに抱き合った。嬉しさに駆け寄ったバイアミーは、二人の肩を打ち揺すり、生き返ったことを確認して、これからは決してナーラン河の淵でなんか水浴びしてはいけない、こういうところにはいつも恐ろしい嫌な鮫が待ち構えているとブーギラにある、湖の所を指し、いまにここは黒白鳥やペリカンや鴨たちの棲家となる。いままでは石ごろごろの砂地であっても、これが湖となって、水鳥たちの楽しい棲家となるのもじきの話で、ナーラン河が溢れれば、この大穴へ流れ込む。そしてなみなみと満ちた水が溢れに溢れると、それから大きな湖となると言った。
こうしたバイアミーの言葉は、程なくナーラン湖となって現れた。その湖面は、数マイル四方の広さに亘り、いまではたくさんな鳥たちの楽しい棲家となっている。

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鵲の悪計

鵲は皺だらけのお婆さんで、たいへん悪い性質を持っていた。草の実が黄色く熟して、そよ吹く風にふらふら頭を動かす頃になると、そろそろお婆さんは出歩いて実を集めてきては、ディーウールという平たい石の上に置いて、頭の平たい小石でそれを粉にして、そして食べていた。吝嗇家のお婆さんは、たくさんな実を大切にしまっておく。いつものようにお婆さんが、せっせと粉をこさえていると、隣村の土人たちがどやどやとやって来て、すぐそばにたむろして、忙しそうに狩猟を続けていた。胸に一物あるお婆さんは、ある日、男の出て行った後を見すまし、女たちに「これはこれは、みなさん方や。まあよくよく家の中にご辛抱だな。このあたりは、極楽の宝倉、蜂蜜も真っ赤な柘榴も、グルーエー(梅の実と似た果実)も、グィエベット(蔓草で、西蕃蓮[とけいそう]のような実を結ぶ)も、みなみな、みなさんが他の来るのを待っていますのじゃ。男たちの火食鳥、カンガルーの獲物ばかりを、お前さん方、いつまでもいつまでもお待ちかな。この宝の山、みすみす目の前に見ながら、指をくわえさせておくのは、ええ、私には残念で堪らぬわい。子供方は、この年よりめが引き受けた。ささ、早う果物の山に分け入って、 美味しい果物に舌鼓を打つがよい」と言葉巧みに言った。すると女たちは、想像しただけで舌が鳴ると、籠と棍棒をもっておいしい果物を取り放題という夢を見て、家の中にいる自分たちが馬鹿らしいと、子供を連れて出かけようと嬉しそうに眼を光らせて言うと、お婆さんは慌ててそれを遮りながら、子供の足じゃ大人の足に追いつけない、自分たちの若い頃には子供は後に残して、出かけたから、籠にご馳走を積んで大人しく待っている子供たちの土産にするといい、子供がお腹を空かせて可哀想という心配はしなくても、樹の皮の上に載せて上下から焼いているパンがあるから、あとは自分が子供を引き受ける。夕の御馳走には鶏肉に果物に甘藷に蜂蜜、男たちは喜ぶ、子供は踊る。ぐずぐずしていないで早く出かけてらっしゃい、とそそのかした。森影には、折からのうららかな日向に向かって、小鳥たちが面白そうに歌っている。女たちはお婆さんの言葉を聞くともう堪らなくて、籠、棍棒、それから蜂蜜の巣や袋栗鼠を捕るための石斧などを担ぐと、子供を残して飛ぶように出て行った。お婆さんはにやりと笑って、焼き立ての美味しそうなパン屋蜂蜜や、地中にしまってあった柘榴(熟させるため)を取り出して、打ち喜んでいる子供たちに食べさせると、やがてそこからいく程もない、とある木の空洞へ子供たちを追い込んで、自分も飛び込んだ。出し抜けに暗いところへ入った子供たちは、初めは珍しそうにきょろきょろとしていたが、間もなく母親たちが恋しくなって、声を限りに叫びたてた。お婆さんは、恐ろしい顔をして睨みつけると、子供たちはますます泣き出した。ふとけたたましい声を聞きつけた母親たちは、異変を感じ子供たちがどうしているか気にし始め早く帰ろうと、顔を潜め心配そうに、胸を打ち震わせて、懸命に買えり道を急いでいた。時々たくさんな土産を見てうち喜んでいる子供たちの顔が、母親の頭に浮かんできた。ようやく小屋へ帰ってきた彼女たちはひっそり静まり返っているのを見て、悪戯っ子たちはしょうがない、またどこかに隠れて鬼ごっこでもしているに違いないと言った。そして大声で彼方の叢、此方の森影と、血眼になって捜し歩いたが、しくしく泣く声がときどき聞こえてくるだけで、その足跡も見つけることはできなかった。探して、叫んで、探し歩いた母親たちは、もうすっかり足ものども疲れてしまって、先の勇気はどこへやら、よろよろと自分の小屋へ引き返してくると、いままで張りつめていた空気が一時に緩んできて、ただ声を立てて泣いているばかりだった。やがて男たちは、獲物を掲げて勢いよく語らいながら帰ってきた。女たちは、どっとその傍に駆け寄るなり、「まあ、たいへんなことになりました。鵲めが、さも親切そうに私たちに言い寄って来て、坊や達にはたくさんにパンをご馳走してやるというのですもの・・・」と言葉急に話し始めたと思うと、いままで我慢していた悲しさが一時に切れたように、あたりはばからずなきながら「・・・私たちは、ついその言葉を信じて、坊やたちに美味しい者を食べさせたいの一心で、外に出掛けましたの。ほどなく加護は、たくさんな果物などでいっぱいになりました。私たちは、嬉しさの余りしきりと歩き回っていました。そして喜び勇んで帰ってみれば、坊やたちはいつの間にどこへ行ったやら、ね、あなた、さっぱりわかりませんの。あれお聞き、あれは坊やの泣き声です。坊やはいったいどこにいるのでしょう。ああどうしましょう、どうしましょうね」と泣いては話し、話しては泣いていました。
この話をじっと聞いていた男たちの顔は、見る見る曇り始めた。「な、なんだと。見知らぬ赤の他人に大事な子供を預けるとは、それでもお前、人の子の母親かい。あの婆めに、しかもあの偽り者の鵲婆に、お前よくもよくも預けおったな。俺たちがあして出て行ってはせっせと働いて、急いで帰ってくるのは何のためだい。お前たちの食べ物は誰が取って来るものと思うか。お前たちの夫が、今まで一度だって手ぶらで帰ってきたことがあると言うのかい。うん、忌々しい。この俺たちが、食べ物取りに出て行ったことも知ってさ、子供たち迄赤の他人に頼んで食べ物探しに行く必要がどこにある。おお、災難だ、災難だ。人の母で自分の子供を忘れてしまうときは恐ろしい悪魔が来る。畜生!汝ら、ここにじっとしていて、動いたら承知しないぞ。もし子供がいなかったその時は存分の天罰覚悟しおろう」
とさも口惜しそうに、血走った眼で女たちをぐいと睨めつけた。ぱっと飛び上がった男たちは、疲れた足を休める間もなく、もう気違いのようになって、藪を駆け回り、森を探したが、子供たちの行方は、知れなかった。でもときどき悲しそうな子供の泣き声は、どことなく響いていた。こうして可哀想な子供の姿は、いつまでもいつまでも、この世に現れたことはありません。けれども母親たちの耳の中には、悲しそうな子供の泣き声が、訴えるように、いつまでもいつまでも響いていた。そのたびごとに女たちは、小屋の中で毎日毎日泣き暮らしては、この頭があったため、鵲の言葉を聞いたのだと思うと、腹立たしいような気になって、我と我が頭を叩いていた。

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豆駒鳥と蟻食い

ある日、二人の豆駒鳥兄弟が、睦まじく打ち揃って狩に出かけた。森の葉陰は青々と、下には愉快そうに水音が歌い続けている。ふと遥か彼方に火食鳥の姿を見つけた兄は、体の小さい弟をそっと手で制しながら、今日は見事な初猟の大当たりだ、弟よ、抜かりはないだろうな、ここは有名な蟻食いの住居だから見張っているように、蟻食いの千人力にかかっては自分でも敵わない、火食鳥め、この石で一刻も早く仕留めようと囁くが早いか、四つ足で大地に腹這いながら、のそりのそりと近づいて行った。弟は目を皿のようにして、耳を風穴のように開いて、じっとこの有様を眺めていると、一歩一歩忍び寄った兄は跳ね起きざま眼より高く大石を振り上げて、いやという程殴りつけた。火食鳥は、声も立てないでその場にどうと倒れた。兄の見事な手並みに、ぱっと飛び上がった弟は、もうすっかり注意も忘れて、嬉しさのあまり騒ぎ立てた。驚いた兄は、両手でこれを制しながら、ぎろぎろ周りを見回した。すると出し抜けに側の藪が、がさがさと異様な物音を建てているかと思うと、蟻食いが姿を現した。びっくりした兄は、獲物は打ち捨てて、慌てながら弟に飛びついた。底光りのある眼をした蟻食いは、何かいたのかと、いまにも食いつかんばかりの口を開いて、二人の頭に浴びせかけるように尋ねた。二人は、頭の頂から足の先まで、水を浴びせられたほどにひやりとした。兄は何もいない、今丁度木の実がぽたりと落ちたと縮み上がった胸を抑えながら、恐る恐る答えた。蟻食いは二人の頭から足まで見下ろし、弟の歓声はなんだといった。弟はぴりぴりと肝っ玉を震わせながら、あれは小鳥がいたからそばの石を投げつけた。あまり見事に当たったので覚えず声を上げた。と答えた。蟻食いは嘘を見破って、小鳥を撃ったって木の実が見つかったにせよ、あれは並みのうち喜び方ではない、早く白状しろ、それとも二人とも自分の腕で息の根を止めてやろうか、と強者である蟻食いの声が、出し抜けに荒々しく鳴った。二人は、生き胆をくじかれた気持ちで、心も身も空中指して飛んで行くような気がするかと思うと、その場にはたと立ちすくんでしまって、頭の中は暑くなったり冷たくなったりしていた。ぐいと睨めつけていた蟻食いは、横柄なさまをして、いまにも一掴みと脅しつけながら、震えている二人の指先の方を見やった。蟻食いは、近頃めったに見られぬ珍しいものがある、これは願っても願われないご馳走だ、と暴風雨のように声を出し、やがて地響きを立てて獲物へ近寄って、驚く二人をしり目に駆けながら、悠々と引き上げて行った。兄は生気返って、一刻も蟻食いにお願いしようと、泣き声で弟を促した。そして素早く蟻食いの後をつけて、いかにもご機嫌を取るように火を起こし料理をしたり、せっせと働いていた。二人は、蟻食いに自分たちにも肉を一切れ分けてくれるように堪り兼ねて慈悲を乞うと、蟻食いは冷たい眼でひやりと見やりながら、二人にやる肉は一切れもないと言い捨てて、見向きもしなかった。
美味しそうな焼肉の香りは威勢良い焚火に煽られてぷんぷんと鼻をついた。二人は眼の前にこのご馳走を見ながら、涙を押し拭って、しおしおと出て行った。そして、そこからほど遠くもない村にやって来て、土人たちにすっかりこの話を物語った。耳を傾けていた人たちは火食鳥と聞いて山分けに違いないか確認し、槍を握るが早いか、二人を押し立てるようにして、蟻食い目指して飛び出した。
走って走って駆けているうちに、間もなく槍を投げるには、程よい頃となった。土人たちは、さっと分かれたかと思うと、環形に蟻食いを取巻いて、一斉に槍の雨を注ぎかけた。蜂の巣のように全身を縦横に撃ち抜かれた蟻食いは、苦しそうな叫び声を建てながら、これはあなた方に上げますと言い続けていたが、土人たちはそれには眼もくれずに、なおも槍の雨を降らせて注いで畳みかけていると、さすがの剛力者の蟻食いも、叫び声さえ次第に細って行って、とうとうぐったり死んでしまった。ほっと一息ついた人々は、額の汗を拭って、蟻食いの死体を見捨てながら、何気なく火食鳥の御馳走を見たけれど、それは、いつの間にか見えなくなって、同時に豆駒鳥兄弟もまた、煙のように消え失せていた。一人の土人が足跡を見つけて叫ぶと、他の者もいっせいにその足跡を見つけてつけて行く内に、ご馳走が置いてあったところから引きずり出した跡が、すーと叢さして消えていた。早くも土人たちが近づいたのを知った二人は、慌てて大穴の石戸を開いて、ご馳走を引き込むが早いか、再び石戸を締めてしまった。二人にとって大切なこの隠れ家の石戸は、秘密仕掛けで、一度閉じたら最後、二人の他にはたやすく開けることができないようになっている。猛り立った人々は石戸を怪しみこの中に隠れていると考え一息に石戸にたかりかかって、ぐいぐいと力を合わせたが、まるで大山を動かすように、ぐすとも動かなかった。人々は、隙間を見つけて得たりとうち喜んで、やにわにその隙間から槍を投げ込んだ。けれども賢い兄弟は、火食鳥の死体を楯にして、その後にそっと身を忍ばせた。槍はぶすぶすと音を立てて、ただむなしく死体を貫くばかりで会った。存分に槍を投げた彼らは、ほっとして助けを呼びに村へ帰ろうとすると、出し抜けにからからとうち笑う声が、穴の中から響いて来た。むっとした人々は、ぱっと駆け戻って来るが早いか、どどっと槍を投げつけて、また帰りかけると、散々にあざ笑う声が、また憎々しく聞こえてきた。人々は、石戸も割れんばかりにうち叩きながら、投げて投げて投げ込んだ。穴の中では兄がに人々をさんざんじらして愉快だ、今度は黙っていようと言っている声が聞こえてきた。土人たちは、笑い声が聞こえなくなると、やっと安堵の胸をなでおろして、急いで村を指して走って行った。
外が静かになって、穴の中もひっそりとして、二人は、眼の前に高くなっている火食鳥の御馳走を突ついていた。弟は、奴らは見事追い返したが、またじきに戻ってくることはわかりきっている。今度捕まったら、逃れられない、これからどうしようと言って、兄は、心配するな、骨折って取った肉だけある、顎も落っこちそうだ、などと話し合っていた。しばらくして息せき切って戻ってきた土人達は、えいやえいやと掛け声を駆けながら、ぐいぐいと石戸を引くとやがてそれは気味の悪い音を立てて開き、たちまち数人の土人は穴の中へ忍び込んで来た。薄ぼんやりとしている穴の中には、食い荒らされた火食鳥の死体が、ごろりと横たわっているばかりで、今までいたはずの二人の姿は、どこへ吸い込まれたのか、その足跡さえもなかった。最初忍び込んだ人々は仰天して、こうあわただしく叫ぶが早いか、わっとばかり飛び出てきた。後から後から飛び込んだ人々も、みな不思議そうな顔をして出てきた。人々は、奴らはどこへ隠れたのかな、火食鳥の楯とは、奴らなかなかうまくやりおった、足跡は見つからないか、と口々に騒ぎながら、残念そうに眼を怒らせていた。このとき二羽の小鳥が、穴のすぐそばの叢の上に座って、絶えずその眼を意味ありそうに人々の上に注いでいた。そうかと思うと、時々穴の周りを飛び回っては、くるりと返ってもとの叢に戻ってくると、まるで人がこの有様を噂しあっているように、ぺちゃぺちゃとしゃべっていた。それから幾月か過ぎ、年が立って行くうちにも、兄弟の姿を見た者はいないが、人々はよると触ると、「あの二人は、白首の小鳥になったに違いない。考えてみれば、あの時穴のそばの叢にいたのは、確かに奴どもが俺たちの復讐から逃れるためなのだ」といっていた。
それからというものは、白首の小鳥は、豆駒鳥と呼ばれるようになった。蟻食いの子孫は、その名も恐ろしい「はりむぐら」として、言い伝えられている。その体中には、小さな針毛が皮膚に突っ立ったように、みっしり生えているのであった。

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人真似鳥の失敗

人真似にかけては誰にも負けないというウィーダー(ものまね鳥)が、何の悪だくみのあってか、一人せっせと働いて、草家(くさや)をこさえていた。一つでもたくさんだと思われるくらいの草家が、こうして二十以上も、見事に立ち並んだのは、それから間もないことだった。草家の前には、あかああかと火がともされて、見た所では、いかにも中に人が住まっているように思えた。ひとりしすましたりとうなずいたウィーダーはまず手近の草家の中へと飛び込んだ。突然にその草家の中からは、赤ん坊の泣き声が、けたたましっく響いて来た。ウィーダーは、こそこそと隣の草家へもぐりこんだ。すると今度は、子供の無邪気な笑い声が、高らかに聞こえてきた。こうして、銀の玉を振るような晴れやかな乙女の歌声が、にわかに黒脛蹴立て狂う土人踊りの賑わしい歌の調べに変わったと思うと、はては、咳払いしながら渋声厳かに話す年寄りの声となり、皺口わなわな打ち震わせながら、泣き口叩くお婆さんの金切り越えと変わっていくうちに、ウィーダーは、一つ一つの草家を出たり入ったりして、ぐるり一回りしてしまった。今まで聞いたありとあらゆる人の声を、こうまで次から次へと真似ているのを聞いては、誰でもこれらの草家の中には、たくさんな家がいると思うに違いなかった。ウィーダーは、自分ながら声の使い分けに、つくづく感心しながら家はできた、歌い手は上手で、外を通りかかった土人が、この家を洩れてくるいろいろな声を聞いたら、入ってくるに違いない、そうなったらもう自分の思うつぼだ、可哀想だがここは地獄の一丁目、片っ端から殺してしまえば天下は自分のものだとひとり頷きながら、悦に入っていた。ある日、仲間を失ったのだろうが、狩の帰る途中疲れた足を重そうに引きずりながら、この草家の前を通りかかった一人の土人があった。土人は、家の中から乱れ合って聞こえてくる賑やかな話声をふと耳にして、誰の部落だろうと訝しそうに考えた。急に見たくなった土人は、仲間を見失った寂しさから、ずかずかと家の側にあゆみ寄って、そっと覗き込んだ。そこには、ウィーダーが人待ち顔に眼を光らせながら、たった一人突っ立っていた。土人はこれを見ると、なんだか気安いような気持ちになって、その側へと近づいて行った。ゐーダーより少し離れた所には、大きな焚火が、地獄の葬い火のように物凄い煽りを立てながら、燃え盛っていた。ウィーダーは旅人に見受けた所旅の方であるようだが、私に何か用かと尋ねると、土人はお宅と存ぜずに失礼した、外を通りかかると面白そうな話し声に、ひきつられて、心ならず入ってしまった、答えた。ウィーダーは正真正銘自分ひとりで、話し声の聞こえる道理はないはずだが、この家に他に誰かいるかと尋ねると、狐につままれたような土人は、ぎょろぎょろと驚きの目を見張りながら、言葉もおどろに、それは不思議だ、みんなは一体どこへ行ったのだろう、赤ん坊の泣き声や男の叫び声や大仰な女の笑い声、声はしたけれど姿は見えずあなた一人しかいないと言った。ウィーダーはここには自分ひとりで、人里離れた山奥、梢を渡る山気は人一倍激しく、鳴り響く梢の音が赤ん坊の泣き声に聞こえる、雄驢(おすうさぎうま)の笑いが女の笑い声に聞こえる、自分は男で声は女の声に聞こえるはずもない、昼なお小暗い鬱蒼と茂った奥山に迷い込んだ人は、行っても行っても冥府(よみじ)の穴潜りのような気がして、恐ろしくはなる、寂しくはなる、人気はなし、得て、そういう風に想像をたくましくする、嘘と思うなら、この焚火の光でとくとお前さんの想像を確かめると良い、ここは自分だけの住居で自分の話し声しか探したってある筈ない。と空嘯くようにして言いながら、土人を焚火近くに誘い寄せた。火はたったひとなめといわないばかりに大きな舌を躍らせながら、ひらひらと光っていた。土人は、何気なく火の端間近ににじり寄った。時はよしと見てウィーダーは、身を翻ると土人をわしづかみにするなり、真っ赤な炎の真ん中指して、どっと投げ込んだ。炎はじりじりと物凄く唸りながら、狂いまわっている。それからは、一度この家の門をくぐった土人は二度とその姿を現したことはなかった。ウィーダーの付近に住んでいた土人たちの数は、日一日といつの間にか少なくなっていくばかりだった。鷲鷹は、土人達がなんの手がかりもなくただわいわいと騒ぎまわっているのを見て、この謎を探ってみようと思った。丁度そのとき従兄弟の鷹が、出て行ったまま帰ってこないことがあった。いよいよ決心の臍(ほぞ)を固めた彼は、鷹の足跡を伝いながら、ずんずん歩んでいった。すると、鷹が、カンガルーを仕留めた所に来た。鷹はそれから帰途についたと見えて、足跡は、家の方に向かって進んだ。鷲鷹は、なおも地上の足跡とにらめっこしながら、岩につまずき、砂地に埃を立て、野越え、山をよぎりして、歩み続けると、とある山影から、赤ん坊の泣き声、女の歌声、男の話声などが、にぎやかに聞こえてきた。彼はおかしいぞと心の中で思いながら、叢から声のする方をのぞき込んだ。そこには、たくさんな草家が立ち並んでいた。鷲鷹の足跡は、その入り口で止まっている。鷲鷹は頭を傾けながら草家の中へと、ずかずか歩み込んだ。彼はただ一人立っているウィーダーに向かって賑わしい話声だからつい誘い込まれた皆様はどこにいるのかと挨拶をした。ウィーダーは、冗談じゃない、御覧の通りこの家は自分一人ぼっちだと空とぼけたよいうに、軽く受け流すと、それはおかしな話だ、ほんのいましがたまで、赤ん坊の泣き声、女の歌声、男の話声が、聞こえていた、自分の耳には今にまだその声が聞こえているようだ、と鷲鷹は尋ね返した。ウィーダーは自分はこの通り一人きりだ、耳や目に騙されたのではないかと言うと、鷲鷹は確かにウィーダーの他に誰も見えないが、自分の大勢の仲間の者は、どうしたのか、従兄弟の鷹は、どうしたのか、まぎれもなくこの家の前に止まっている大勢の足跡は誰のものか、大勢の仲間は出て行ったきり、不思議に帰っては来ない。この家にはウィーダー一人きりしかいないと言い張ったが、大勢の仲間の行方を知っているのは、ウィーダーだけということだと言うと鷲鷹は心の中で大いに向かっ腹を立てた。ウィーダーは自分が鷲鷹の仲間を知っているはずがない、外の風様に聞くがいい、夜は暗闇でわからないなら窓から覗き込んでいる月のバールー様に聞くがいい、大きな目玉で葉陰の虫けらも見逃すまいと注意しているお天道様のイーイー様に尋ねるがいい、しかし一人ぼっちの自分には尋ねるな、鷲鷹の仲間は影一つ知らないのだから、と舌の先でからかいながら、底深い眼をぎろつかせ、鷲鷹を火の端へと押しやった。鷲鷹もそう容易く罠にはかかりません。眼の前には、紅蓮の炎が、怪しく燃え立っている。今しがた自分の足元に残っていたのは、まぎれもなく従兄弟の足跡であった。ウィーダーは、悪狡い眼光を輝かせながら、自分を火の端へ誘おうと、焦っている。鷲鷹は、身の危険を前に控えながら、心の中では敵ながらやる奴だ、あの炎に口が利ければ、可哀想な仲間の行方は時期にわかるのだが、と考えていた。けれども謎を解くような機会は、まだ来なかった。彼は、仕方なく罠にかかるように見せかけて、その腹の中を探ってやろうと思った。今一息で鷲鷹はいつもの魔手に掛かって、火の中に投げ込まれようというところで、むずとウィーダーの腕を捕まえた。鷲鷹は先ほどは従兄弟の鷹や仲間が世話になった。今度はそのお返しだと威猛高に叫びながら、軽々とウィーダーの体を担ぎ上げると、燃え上がる炎の真ん中指して投げ込んだ。和明日かは一刻も早く村人たちへ知らせようと歓喜に溢れる胸を抱きながら、村指して駆け出した。ものの四、五町も北と思われる頃、出し抜けに天地も覆らんばかりの大雷鳴が轟き渡り、あたりの草木は、はたと鳴りを鎮めて、おののき始めた。けれどもそれは、雷鳴でなく火の中へ投げ込まれたウィーダーの頭の一部に穴が開いて、そこから爆発したのであった。と同時に、燃え残る彼の死体から、ぱたぱたと一羽の鳥が、飛び上がった。それが人真似鳥のウィーダーといって、その頭には、丁度ウィーダーの頭が爆発して、そこからこの人真似鳥が飛び出したのと同じような一つの穴が開いている。今日でも人真似鳥ウィーダーは、草の中の遊び場で遊んでいる間でも、赤ん坊の泣き声、女の笑い声、さては猫撫で声から犬の吠え声まで、口喧しく真似ながら、走り回っている。だから人々は、人真似鳥ウィーダーと言っている。

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猟師星

グウィニーブー(駒鳥)とグーマイ(河鼠)の二人が、あるとき入江の岸で貽貝(いがい)をしきりに漁っていると、出し抜けに一匹のカンガルーがあわただしく走って来て、ぽちゃんと恐ろしい音を立てて、すぐ側の水の中へ飛び込んだ。驚いたグウィーニーブーお婆さんは、カンガルーは猟師に追い詰められて逃げてきたと心の中に考え付いたので、気を取り直して芋掘り棒を手に取るが早いか、海草に巻き付けられて懸命にもがいているカンガルーの頭を、いやという程殴りつけました。そして二人のお婆さんは、これはいいご馳走だ、漁師たちに見つかっては大変だからと示し合わせながら、カンガルーの死体を、そっと海草の下に隠した。丁度その時グウィーニーブーの子供が、岸辺からこの有様を見ていた。二人は、それとは祭らないで、カンガルーを隠してしまうと、漁り取った貽貝を搔き集めて、素知らぬ顔をしながら、帰りかけた。カンガルーの後をつけて洗い機付きながら走ってきたクァリアン、ギッジャーリーガー(ともに鸚鵡)の二人の猟師は二人の姿を見て、カンガルーが来なかったかと尋ねた。二人のお婆さんは、何食わぬ顔でカンガルーは一向に見受けられなかった、と口をそろえて言った。二人の猟師は確かにここへ逃げ込んで来たのは間違いないとにらんだと言うと、二人のお婆さんはカンガルーは影も見えなかった、自分たちは今まで貽貝漁りをしていた、むさくるしい所でお構いなくば、わしたちの貽貝料理でも召し上がれと言葉巧みに言われると二人の若者も、すっかり当惑して言われるがままお婆さんたちの後について行った。家について暫くの間休んでいると、美味しそうな貽貝料理は、ほどなく食卓の上に山と盛られた。すると一緒に座っていた子供は、このおいしそうに湯気が立ち昇っている貽貝料理には、手も付けないで、カンガルーが欲しいと母親にねだった。はっと思ったクァリアンは、異様に目をぎろぎろさせながら、子供がカンガルーを欲しがっているのを見て、子供はカンガルーを見たと気づき、どこかこの付近にカンガルーがいると口早に言った。お婆さんは、どす黒い眼を一層黒く光らせながら、心の秘密を押し隠すように、冗談をいう、この児は夢見の悪い子供で、思い出したものは何でも欲しがるし、この頃はよくこんな時になるとカンガルーの肉を食べたがるので困る、年歯もいかないほんの子供でほしいと思うものの名も知らぬのだと言いながら、そばの子供をなだめるようにしているが、子供はお婆さんの言いぐさは耳に入らぬと言う風で、なおも口喧しくカンガルーの肉をくれと騒ぎ出した。グーマイお婆さんは、気をいらいらさせて、余計な事をしゃべりたてやがる、あの若者どもにそれと知られたらそれこそ大変だと心の中で考えながら、腹立たしさのあまり、その平口叩かせぬぞと言わぬばかりに、子供の口を、いやという程殴りつけた。柔らかい子供の唇は、さっと裂けて、紅のように真っ赤な血は、どろどろと流れて、胸を伝ってさらさらと流れ落ちた。これを見た母親のグウィニーブーお婆さんは、起こるまい事か、皺口をわなわなと打ち震わせて、グーマイ婆さんを力任せに殴りつけた。グーマイ婆さんは白髪頭を振り立てて、拳固を振り上げるが早いか、グウィニーブー婆さんめがけて、ひどい仕返しをした。たちまち額に皺立たせて頭髪振り乱しながら、大殴り合いが始まったかと思うと、荒々しい嘲罵(ののしり)、怒り声が、ものものしく家の中に響き渡って、床は踏み破れたり、皿は飛んだり、それは雷様同士の喧嘩のように荒れまわっていた。子供はグーマイ婆さんが自分を殴ったためか、お母さんが鬼のように荒れているためか、まだカンガルーが欲しいためなのか、そんなことはわからずに、油紙に火がついたように、泣き立てていた。呆気に取られて、ポカンと口を開いていたクァリアンは、やっと正気づいて、カンガルーは確かどこかに隠してあるものと見て取り、どさくさ紛れに逃げ出し、喧嘩の収まった頃に戻って来て二人の婆さんをあっと言わそうとギッジャーリーガーに耳打ちした。そっと滑り出て行く二人の後ろ姿を、目ざとく見つけたお婆さんたちは、二人が逃げ出したものと早合点して、喧嘩なんかするんじゃなかった、仲直りのしるしに早くカンガルーの御馳走に舌鼓打とうといいながら、今までの大騒動は、すっかり忘れてしまったように、にやりにやり薄気味悪く笑いながら、若者たちに注意していた。二人は鬼婆のように乱れた頭髪を手で梳きながら、こそこそと、カンガルーを引っ張り出してきて、早くも大きな焚火の上で、じりじりと焙っていた。丁度その時逃げて行ったものとばかり思っていたくぁりあんとギッジャーリーガーが、出し抜けに現れ、カンガルーだ、やっぱりどこかに隠していたんだ、子供は正直だと言った。お婆さんたちは、これはカンガルーだ、自分たちが折角獲ったこのカンガルーをどうしようというのだとすかさず舌先を返して、若者たちに喰ってかかった。若者たちも、白々しい言葉に、少しは向かっ腹を立てて、自分たちが獲ったのだといいざま、むずとばかりカンガルーをひっつかんで、ぞろぞろと引き摺って行って、自分たちで起こした焚火の上で焼き始めた。グーマイとグウィニーブーは、口惜しそうに子供を連れて、なおもしつこく後をつけて、それは無法だ、自分たちにも分け前ぐらいはあるだろうと口説き立てた。しかし、若者は美味しそうにぷんぷんと臭う焼肉を見とれて、そんなものには見向きもしなかった。子供たちは目の前に香ばしい焼肉を見て、泣きながら一つ下さいといっても、子供にやる物はない、鷹たちにやるものはあっても、と答えて、肉一切れも食べさせてくれなかった。お婆さんたちは、恨めしそうに歯噛みしながら、さっきの喧嘩の勇気も消え失せて、しおしおと引き返した。やがて彼らは、一軒の大きな家をこさえて、子供と一緒に閉じ籠った。そして憎い敵を、粉微塵にくだいてくれんものと、
「雹よ、雹
風よ、風
雨よ、雨
雷光よ、雷光
いざ来たれ
いざ来たれ」
と声高に天に向かって念じ立てていた。体はますます波立つように、震い始めた。ぶつぶつとつぶやくような口ごもりな口つきは、お祈りの進むにつれて、口の辺りからは火が噴き出るほどに、激しくなっていった。
子供さえも、この物凄い光景に休みもしないで、大声立ててわめき続けていた。やがてこの世界の終りが来るのか、天には、すさまじい黒雲が、険しく走って行った。お祈りの声は、もう大きな叫び声に変り、草木までも、この有様に縮みあがって小さくなっていた。ほどなく大粒の雨が、ぽつりぽつりと、巨人が人の骨を食むような、気持ち悪い音を立て始めていた。出し抜けにこの世を吹き飛ばしはしないかと思われるほどの一陣の強風が、戦く草木の間を、さっとかすめた。雨は、強風に駆られて、ざあざあと大地も流れんばかりに降り注いだ。大気は、氷の世界のように、冷たく冷たく凍った。押さえつけるように重々しい黒雲は、魔物の乗った車のように、空を駆けて行った。やがて鴨の卵のように大きい雹が、おののく木の葉を殺ぎ、大木を打ち、幹を削りながら、どどっと大地めがけて、降り注ぎ始めた。ギッジャーリーガーとクァリアンの二人は、真っ青になって悲鳴を建てながら、まじかにあった家さして駆けつけ、助けを求めた。二人は金切り声をあげて戸を叩いた。嵐はごうごうと生きている者は皆殺しにしてしまう勢いで、荒れ狂っていた。グウィニーブー婆さんは、自分たちにはカンガルーがない、二人の猟師には隠れ場がない、いい気味だ、大事にしている鷹の棲家がある筈、勝手にうろつき出て行くがいい、としわがれ声で、暴風雨の怒り声に混じって、魔物の声のおうに聞こえてきた。二人の猟師は自分たちが悪かったから、扉を開けてくれ、カンガルーくらい獲ってあげようと言ったが、婆さんは、勝手なことだ、汝のような奴らはさっさと雹に砕かれて粉微塵になってしまえ、といった。ギラギラと眼を射る雷光、バチバチと打ち付ける表の雨、どどっと木を押し倒す暴風雨の轟き、二人は、びくびくと体を震わせながら、氷のように冷たくなった。呪いの言葉はますます声高く響いた。
「雹よ、雹
風よ、風
雨よ、雨
雷光よ、雷光
いざ来たれ
いざ来たれ」
暴風雨は、毒蛇のような口を開けて、ただ一呑みと、猛り狂い始めた。二人は、恐ろしい雹の雨、身を切るような雷光から、逃れるために、鳥に変わった。それから空に住む星に姿を変えた。今日でも、地上にいたときと同じように呼ばれているギッジャーリーガー星とクァリアン星との間には、カンガルーがやはりいると言われている。

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星になった七人姉妹

ワーランナー(男の名に用いられる)が長い狩猟の後、ぐにゃぐにゃに疲れて、重りのように思い足を引きずりながらかえってきた。お母さんの側に、腰を下ろした彼は、亀が縮こまっていた脚を伸ばすように、気持ちよさそうに足を差し伸べながらお母さんに、ただいま、お腹が空っぽになった、パンが欲しいと言うとお母さんは白髪頭をたてに振って、あいにくパンがなくなっていると答えた。しおしお立ち上がったワーランナーは、空腹を抱えて友達の家を尋ねて、パンをこさえないとお腹が空いて堪らないから草の実などを少々恵んでくれないかと聞き歩いた。けれども誰として、草の実を与えてくれる者はなかった。むかむかと、むかっ腹を立てたワーランナーは、さも忌々しそうに、人の苦しみ眺めながら、パン屑一つ恵んでやらぬ不人情者の集まりのいる、水臭いところに誰がいるもんか。いまにおぼえていろと、舌打ちをしてから、武器を手に取るが早いか、新しい天地を探すため、さっさと出て行った。頭の中まで燃え盛る火のように熱くなった彼は、ものの半里は、ただむやみに道を急いでいた。すると遥か彼方に、一人の老人がしきりに蜜蜂の巣をつついているのが目にとまった。老人は、誰か来るなと言わぬばかりに、出し抜けに顔を向けながら、ちょうど来るのを待ち設けている風だった。ワーランナーは、怪しく胸を躍らせて、だんだんと近づいて行った。驚いたことには、じっとこちらをみつめていたと思った老人には、一つの眼もなかった。ワーランナーは眼がないことに気づき、薄気味悪く、こちらを見ているのを知り化け物だと思った。頭から冷水を浴びせられたように、ぎょっとしたワーランナーは、それでもおびえる心を押し静めようと努めながら、わざと大見栄を張って、ずかずかと近寄って行った。すると目のない老人は、ワーランナーが自分の村に行くと聞き、村の人は皆眼がないから「眼無」というんだが、眼より重宝なこの鼻がちゃんと目の役を務める、怖がらなくてもいい、お腹が空いたなら、これを食べるようにと、自分で語り自分で頷くようにしながら、親切にも船形の木片に蜂蜜を詰めて、驚きあきれているワーランナーの前に差し出した。眼のない老人は遠慮は要らない、自分の村はすぐそこだからゆっくり旅の塵でも払って、今宵一夜の宿なりとるがよいといったが、この老人に心から震え上がったワーランナーは、がたがたと脚も振るわんばかりに戦きながら、恐る恐る蜂蜜を受け取ると、親切にありがとうと口では恭しく礼を述べながらも、こんな化け物どもの家に泊まったら、それこそ大変、今晩当たりに生血をすすられてしまう、逃げるに限ると考えながら、老人の姿が見えなくなると、こそこそと別の方角さして逃げて行った。薄気味悪い心持で、歩み続けていた彼は、程なくつある大きな湖の畔(ほとり)に出た。ワーランナーは広い水面を見て今宵はこの湖の畔を寝床とすることにした。人心地ついて、澄みきった水をかき分けて、喉を鳴らし腹を膨らませると、横になった。やがて冷たい朝風に、はっと目覚めた彼は、眠そうに眼を擦りながら、何気なく眼を開くと、湖はなく、夢でも見たのかと叫び声を建てながら、驚きのあまり飛び上がった。磨き立ての鏡のように、きらびやかに光っていたあの大きいな湖は、いつの間にか消え失せて、そこには一面茫々とした広野が、遥か目路の続く限り彼方の雲間にまでも連なっていた。ワーランナーは、自分を疑うように、幾度も眼をこすっては、きょろきょろと不思議そうに眺めながら、とんでもないところに踏み込んだ、昨夜は眼もなくて見ることのできる化け物に合うし、夜見たあの大きな湖は、一夜の内に夢のように消えてしまった、確かに湖はあった、しかし不思議とここは野原の真ん中で、見えるものは草ばかりだ、としきりに頭を傾けていた。すると出し抜けに、魔物が生暖かい手で撫でるように、陰気な風が、さっと吹いて来た。やがて来る暴風雨の兆しか、怪物の頭のようなどす黒い雲が、天の一方向にぽつんと現れたと思うと、瞬く間に天空を縦横に駆けまわった。小石程の雨は、荒野を蹴り立てて、どっと荒れ始めた。ワーランナーは悲鳴を上げながら、すぐ近くの藪の中へと駆け込んだ。そこにはたくさんな木の皮が、大地の上に積み重ねてあった。ワーランナーは暴風雨が逆巻きながらやってくる。一刻も早く手頃の期を探し出して、この木の皮で小屋をこさえなくては、とうなずきながら木を伐りとって大地に立てて、小屋の骨組みとした。丁度一枚の木の皮をその上に乗せようとしたとき、まだ見たこともないと言う化け物が、現れた。化け物は自分が「樹の皮」であると、雷のような恐ろしい声に、ワーランナーは、身体を打ち震わせて、樹の皮を投げ棄て、武器を手に取るが早いか、眼の色変えて飛び出した。真っ青になった彼はこれは大変だ、と死に物狂いの勇気を揮って、暴風雨のことなんか忘れながら雲を霞と逃げ延びた。
ほっと生気づいて眼を見張ってみると、自分はいつの間にか三方をしかと囲まれた、大きな河の岸に行き詰まっていた。驚き慌てた彼は、くるりと後ろを振り向くなり、方向を間違えて、別の方へ走って行った。再び河に行き詰まった彼は、出し抜けに後ろを振り向くと、そのとき丁度一群の火食鳥たちが、やってきた。前の半分はみな羽毛がみっちり生えているが、後の半分は、みんは羽毛なしの丸裸、いよいよおかしい、こうなったからには一つ腹薬の御馳走に射止めようと、樹の上に登ったワーランナーは、そっと葉陰に投槍を構えながら、羽毛のない火食鳥を狙っていた。火食鳥たちは、木の下を通りかかった。出し抜けに跳んできた投槍は一羽の火食鳥を倒した。嬉しそうに胸を躍らせながら樹を下ってきた彼は、驚きのあまり暫くその場に立ちすくんでしまった。いままで火食鳥だったのは、いつの間にかみな異様な姿をした土人になって、可哀想な友達の死体を取巻きながら、手に手に拳を翳して(かざして)、復讐を誓っているように見えたからでした。ワーランナーはわき目もふらず逃げ出し、埃を蹴り立てて、矢のように飛んで行った。時々耳をかすめる風の音、頭はがらがらとなり、眼は見えず、藪を抜け、草叢を飛び、ぐいぐいと走り続けて行くうちに夢中になってとある家の中に、ぱっと飛び込んだ。
そこには、咲き揃った花のように美しい七人の乙女が、静かに座っていた。出し抜けに飛び込んで来た若者の顔色を見て、乙女たちは、驚くと思いの外、頬に笑みさえ浮かべながら、ワーランナーに向かってどうしたの、おひとりで寂しかったでしょう、と言い自分たちの手料理を食べるようにと、ぐるぐる眼を動かしているワーランナーを親切にもてなした。また今晩はここに泊まっていらっしゃいと乙女たちは言い、あまりのことにぼんやりとなった彼は、お礼を言い彼女らの村の人たちはどこにいて、彼女らはなんと言う名前なのかと頭を下げながら尋ねた。乙女たちは自分たちはミーメイ(乙女)といって、村の人たちは、遠い遠いところにいて、自分たちはこのあたりの景色を眺めに来たが、時期に帰ると言った。ワーランナーの胸の喘ぎは、いつの間にか暴風雨後の海のように鎮まり、いままでの怖さ、いままでの慌ただしさは夢のように忘れてしまい、懸命に乙女たちの声に聞きほれていた。安らかな一夜は明け、元気づいたワーランナーは、厚く礼を述べながら、食べ物探しに行くように見せかけて、出かけた。しかし、彼はすぐその足で、その家の近くに身を潜めて、機を伺っていた。一人旅の寂しさには、もうほとほと飽き疲れていたのであった。彼は、百合のように美しい乙女の中から、誰かひとりを盗み出して、お嫁さんにしてやろうと思っていた。やがて乙女たちは、芋掘り棒片手に、打ち揃って家を出た。見え隠れに後をつけていくと、彼女たちはほどなく飛び蟻の巣を見つけて、立ち止まった。そして持っていた棒で、見当たり次第蟻の巣を掘り返し始めた。意外にもたくさんの蟻を捕らえた乙女たちは、こぼれ落ちそうに頬を膨らませて喜びながら、今日はご馳走がたくさんとれた、頂きましょうと言って群がる蟻たちを、綺麗な指先に摘んでは、美味しそうに食べていた。
乙女たちの油断を見すましたワーランナーは、こっそりその後に忍びよって、側においてあった棒を日本盗み取って、こそこそと後の方に隠れた。名残惜しそうにご馳走を食べてしまったミーメイたちは、やがて立ち上がって棍棒を手に取った。二人の乙女の棍棒はなく、懸命に棍棒を探したが、見当たらなかった。そのうちに五人の乙女たちは、ゆっくり探しておいで、自分たちは先に帰ると言いながら、二人を残して、さっさと帰って行ってしまった。泣き出しそうな顔をして血眼になって探している二人は、いつの間にかワーランナーの隠れている所へ近づいていた。時は良しと忍び出た彼は、手にしていた棒を乙女たちの後に、きちんとそろえて、大地に差し込んでおいた。何気なく、くるりと回った二人の乙女が、眼鼻の先に、いままで探して歩いていた棍棒を見て、嬉しさのあまり踊り狂いながら、飛びついて引き抜こうとしきりに焦っていた。するといままで息を殺して、じtっと隠れていたワーランナーは、すtっと飛び出るなり、むずとばかり二人の腰を、抱き止めた。二人は、金切り声を立てながら、のがれようともがいたが、ちょうど多いわに結えつけられたように、ぐすともしなかった。ここは一面の荒野で、飛ぶ鳥も稀なくらいだった。二人がもがけばもがくほど、ますます体は動けなくなり、思いあきらめて、二人が静かになると、ワーランナーは、なだめるようにして、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか、自分は化け物ではない、二人を愛してあげようと言うんですよ、私はたった独りで、寂しくて寂しくてならない、私の心は二人の妻が欲しいと言うことでもう一杯だ、二人ともわがまま言わずと、黙ってついておいで、あなた方に決して不為(ふため)になるようなことはしないから、それとも、自分のお願いを聞いてくれないならば、そのときはこの腕を振るっても二人を従わせて見せる、と言った。騒ぎ立てても仕方がないと思った二人の乙女は、羊のようにおとなしく、自分たちの村の人は二人を取り返しにやってくるから、追手が来る前に早く遠くに逃げなさいとワーランナーを促すようにしてついて行った。それから数週間はあわただしく過ぎ去った。二人の乙女はいかにも新しい生活に落ち着いて、満足しているように思ったが、二人っきりになると、いつも心から寂しそうに、今頃あの五人は、どうしているだろう、自分たちがいなくなったと知ったときは、まあどのぐらい心配したことだろう。五人は、まだ血眼になって、岩に転び、草を分けして探してはないだろうか、村にこのことを知らせるため帰ったかもしれない、自分たち二人は忘れられてこのままいつまでもワーランナーと一緒にいなくてはならないだろうか、と片時も考えないことはなかった。ある日、三人が野宿の用意をしているとき、ワーランナーが出し抜けに、二人に二本の松の木から、少し樹皮を剥いで来てくれないかといった。すると二人は口をそろえて、それはできない、二人は松の皮を切ってはならない、それとも、私たちが帰れなくなってもいいというのですか、と返した。ワーランナーは、ぐずぐず言ってないで行け、火はいつまでたっても燃えないじゃないか、自分は松の皮を取って来てくれと頼んでいるのだ、と言い、二人は、それはわかっている、しかし、自分たちがワーランナーの言う通りにすれば、もう帰れなくなる、私たちは、もうここにはいなくなるのだ、自分たち二人にはそれが鏡でも見るように見え透いているのだと言った。ワーランナーは、喧しい、早く行け、逃げるなら逃げるで勝手にすればいい、その代わりどんなにしてやるか覚えていろと、むかっ腹を立てて、荒々しく叱り飛ばした。ミーメイたちは、仕方なく石斧を持って、立ち上がった。そして二本の松の木に分かれて、幹の樹皮めがけて、ぐざとばかり石斧を打ち込んだ。突然に異様な物音を立てて、樹は、石斧の柄を握った乙女と一緒に、するすると上に伸び始めた。見る見るうちに、乙女の体は、樹と一緒に空へ空へと上がって行った。最初の一撃で斧音が絶えたのを怪しく思ったワーランナーは、急いで松の木の下へ駆けつけると、松樹は、いま天空指して伸びに伸び上がるところだった。乙女の姿は、それにつれて、遥か雲の彼方指して、ぐんぐんと小さくなって行った。ワーランナーは、どうした、早く降りて来ないかと懸命になって叫んだが、あたりは気味悪いほどに静まり返っていた。乙女を呼ぶ声は、次第に大きくなった。伸びあがって行った二本の松は、とうとう天上界に着いた。すると、出し抜けに、美しい声で、嬉しい、これは、よく丈夫でいてくれたね、ささ、早くその樹から登っておいで、ちっとも怖くはないよ、と聞こえてきた。それは、天上界から眺めっていた五人の姉妹たちだった。二人は嬉しさのあまり、松の幹を懸命になってよじ登って行った。天上界はもうすぐそこで、五人の姉妹たちは、美しい手を天上界から差し出して、二人の上ってくるのを待ちわびていた。二人は、勇気を振るって天上界へと登って行った。こうして、程なく天上界の入口についた二人は、暖かい姉妹たちの手に握られて、天上界へと引き上げられた。いまでも空には、七つの星がきれいに居並んで、さも仲良さそうに、きらきらと輝いている。それは七曜星とよばれているが、土人たちはこれを七人乙女(ミーメイ)と言っている。

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貯水樹の怪

たてがみ蜥蜴が、袋栗鼠と驢馬とをお嫁さんにした。驢馬は三人のお母さんで、その一人は、立派な若者となって、他所で働いていた。が、残りの二人は、まだ西も東も知らない、小さい子供だった。彼らの住居の側には、一本の貯水樹があり、飲み水はこの樹からくみ取るのであった。この貯水樹の樹皮はまるで鉄のように固く、又の所には一つの割目があって、中は空洞になっている。前がざわざわ振ると、この空洞は、またの割目から入った雨水で、溢れるほどになって、いつまでもいつまでも、このままに溜まっている。土人たちは、溢れ出る水で樹皮の色が褪せているのを見て、貯水樹があると頷くくらい、容易く他の樹木との見分けがつくのであった。
ある日、たてがみ蜥蜴は、二人のお嫁さんと一緒に、二人の子供は家に残したまま狩りに出かけた。いつも水を入れて置く貯水樹の樹皮でこさえた桶は、狩猟に持ち出したので、貯水樹から水を汲み取ることもできないくらい小さな子供たちは、干からびついた喉を押さえて、息も絶え絶えになっていた。舌は、石のように堅くなってしまって、もう物言うこともできなかった。丁度その時一人の男がひょっこり現れ、霞がかったようにぼんやりした眼にも、これぞ他所に働きに行っている兄さんと言うことは、すぐに分かった。兄さんはそうとも知らないで、弟たち、兄さんが帰ってきた、お母さんはどこに行ったのか、と尋ねたが、子供たちは、口をもぐもぐさせるばかりで、もの一ついうこともできないで、さも苦しそうにもがいていた。兄は不思議がって、どうしたのかと聞き返すと、二人の弟たちは打ち震える手で、貯水樹の方を指さした。兄はそこに立っている貯水樹を見て、お母さんは、飲み水を残しておかなかったのかと、尋ねると、二人はかすかに頭を振って頷いた。兄は、二人とも可哀想に一滴の水もなくそのために死にかけているんだな、と尋ねると、二人は再びかすかにうなずいた。俄に起こり立った兄は、ずかずかと貯水樹に駆け寄るが早いか、するするとよじ登って、えいと底強く叫んだと見る間に、真二つに断ち割ってしまった。たまりにたまっていた水は、ざあざあと物凄く唸りながら、滝のように流れ出た。嬉しさに這いよった二人の子供は、吸い付くように、ほとばしり出る水を、続けざまにぐいぐいと喉を鳴らしながら飲んでいたかと思うと、喜び長良、水の中を跳ね回っていた。水は、河の底を切ったように、響きを立てて、ますます多くなって行った。狩に行った三人は、ほどなく帰って来た。ざあざあと山全体の期を揺るがすような不思議な物音を聞いて、三人は、押し流れている水の辺りに駆けつけ、さては大事な貯水樹が誰かに壊された、と言って懸命になり、水の流れを押し止めようと焦ったが、土を洗い石を押し流す勢いに、水は次第に増してくるばかりだった。思い余った三人は、自分の家の方へと取って返した。けれども渦巻く濁水の流れは、もう行く手を遮っていた。慌てて騒いでいる三人の様を眺めた兄は、弟たちに向かって、大声で、ここが浅いところだと教えるがよい、と言うと、弟たちは、元気づいた声を張り上げて、ここが浅いから早くわたるように叫んだ。たてがみ蜥蜴と二人のお嫁さんは、子供の指している所を、ざぶざぶと渡り始めた。すると突然に泡立つ濁流は、渡りかけた母親の足から腰へ、腰から、胸へ、胸から首へと上って来た。バタバタと藻掻き焦った母親は、助けて、杖を投げてと声を張り上げて喚きたてた。岸辺から、様見ろと内笑いながら、あざ笑う声が聞こえてきた。濁り切った水は、渦を巻き泡を立たせながら、ざーざーと流れている。悲しそうな喚き声が、ざわつく水の音にかき消されたと思うと、みるみるうちに三人の体は、鰐に呑まれるように、濁水の中へと飲まれ込んでしまった。そうしてとうとう見えなくなった。

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石の腰飾り

あるとき土人たちが、入会式(若者たちが一人前となるための儀式)に連なるため、打ち揃って村を出発した。村に居残っている者はもう碌に歩けそうもないという、よぼよぼ犬一匹ぐらいなものだった。丁度土人たちが出発して三日目頃の夜、ひっそりと静まり返ったこの村に、出し抜けに押しかけて来たたくさんな黒影があった。それは、かねてからこの村の敵として相対していた戦士たちが、今夜の闇に乗じて、この人々を殺してやろうと、押し寄せてきたのだった。
仰山に体を彩った戦の警戒色は、ときどき気味悪くく光っている。ちょんまげに結んだ頭髪に飾り立てた物は、鳥の羽毛とカンガルーの歯とだった。稲の繊維や、メロンの繊維や、糸のように細かに刻んだカンガルーの皮で、新しくこさえた腰飾りには、いろいろな武器をぶら下げて、歩むたびごとにさらさらと気持ちよい音を立てている。
堂々と乗り込んで来た戦士たちは、死んだように静まり果てた村を見て、呆気に取られてしまった。枯草のような白髭生やして、腰も崩れ落ちそうによぼよぼした年寄り犬を見つけた戦士たちは、急に威猛高になって、土人たちはどこにいったのか、と尋ねた。年寄り犬は、血の気のない眼で、さもだるそうに眺めながら、黙って頭を振った。戦士たちはどこへ行く、と叫ぶと、犬はまた元気なさそうに頭を振った。幾度尋ねても、犬はやはり黙ったまま、頭を振るばかりだった。ますます気を焦り立たした戦士たちは、槍や武器などを振りかざしながら、黙るのか、一突きにしてやる、と叱りつけると、犬は初めて皺口を開いて、入会式に行ったとだけ伝えた。死んでも口を開きそうになかった犬が、これだけ話すと、戦士たちは一人残らず、持っていた物までも、出し抜けに石に変わってしまった。勇むようにさらさらと音を立てていた腰飾りも、強の晴れのちょんまげも、いままで蒼白く光っていた槍までも、皆堅い石となってしまった。やがて、一人前の若者となった人々が、みな自分の保護者と一緒に森の誓いの場所に立ち入って、無事盛んな入会式が終わると、土人たちは再び帰ってきた。土人たちは、戦士が自分たちの村にやってきたと知った。しかし武器をかざしたままじっと立っている戦士たちの姿を見て驚いた土人たちは、恐る恐る近寄って行くと、それは、血の気の通っている物ではなくて、武器も腰飾りも、持っているものは何から何まで、堅い石と変わり果てた石像だった。いまでもここには、ちょうど美しく彩った人のような石や、綺麗な房が下がっている腰飾りそっくりな石等が転がっている。それはビーマーリーのすぐ近くにあるたくさんの丘の一つにある。

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子忘れ母

あるとき褐鳩(かばばと)のお母さんが、やっと這うぐらいになったばかりの子を、グーレイ(網でこさえた小さな背負い袋で、土人の女たちは、子供でも物でもみなこれに入れて背負って歩いていた。)に入れて、食べ物探しに出かけた。ほどなく青々と茂った柳の森迄来ると、今大地の穴から這い出たばかりの蛆虫が、とある柳の木の下にいた。褐鳩のお母さんは、今日は運よくこんなにおいしいご馳走の初猟だと、うち喜びながら、その蛆虫どもを一匹残らず捕らえると、棍棒でその根元を掘り返しては、懸命になって虫どもを探していた。こうして根元から根元へと、眼を皿のようにして漁り歩いた彼女は、面白くてならないので、背負い籠なんかおろしてしまって、奥へ奥へと踏み込んでいった。
どの柳の根元にも、掘ればたくさんな蛆虫が、それこそ溢れるほどにいた。ますます面白くなった彼女は、本当に今日は猟の当たり日だと独り微笑みながら、子供を入れた籠のことはすっかり忘れてしまって、根元から根元へ、森から森へ、遥かに歩んで行った。そしていつの間にか、遠い遠い見知らぬ国に来ていた。後に取り残された子供は、やがて水晶のような眼を開けて、籠から這い出した。すると間もなく年月が経った子供のように、割り始めたかと思うと、足には丈夫な骨でも出来、手には、急に立派な筋肉が出来たように、みるみる樹の側に、立ち上がった。日一日と子供は、筍(たけのこ)のようにぐいぐいと伸びて行き、大股踏んで一人で歩けるようになったと思うと、ますます丈夫になり、いまでは森の岩を飛び越えて、走ったり歩けるようになった。赤ん坊から出し抜けに子供になった彼は、たちまち見上げるように立派な若者となった。けれども迷い出たお母さんは、再び帰っては来なかった。あるとき遠い国を果てしなく彷徨っていたお母さんは、置き忘れた子供を思い出して、遠いところに茂っていた柳の森に置いて来たが、今頃どうしているだろう、可哀想に、すぐに飛んで帰らなければならない。今まで気付かなかった自分は気が狂っていたのだろうか、どうか許してくれ、と天を仰いで悲しんでいるかと思うと、やにわにあの柳の森指して、駆け出した。狂気のようになったお母さんは、髪を振り乱して、木の根につまずき、岩に転びながら、息づきあらあらしく駆け続けた。柳の森に転びこんで来たお母さんの眼に、最初に止まったのは、這いまわった赤ん坊の足跡だった。次には立っていた足跡だった。だんだん跡をつけていくと、やがてそれは歩き廻った足跡となり、さらに元気そうに駆け回った足跡になっていた。紅葉のような小さい赤ん坊の足跡は、次第に大きくなって、いかにも丈夫そうな若者の足跡になった。すると、すぐ目の前に一軒の小屋があった。人影もない小屋には、焚き残りの薪から、ときどき真っ赤な炎が、毒蛇の舌のように立ち上がっていた。ほっと一息ついたお母さんは、この人気のない小屋に腰を下ろすと、物珍しそうに、ぐるぐると周囲の壁を見回し始めた。厳しく壁に光っているたくさんな武器や、華やかに彩った袋栗鼠の皮などは、定めし若者が、手細工にこさえたものであろう。すると程なく、凛々しい若者の姿が、ひょっこり家の外に現れた。それと知ったお母さんは、外に躍り出るなり、自分が若者のお母さんで、小さかった時に不注意から置き去りにしたこと、それを思い出して懸命に駆けつけてきたこと、この部屋に着いたときには、腰が伸びきったことを話して、破れんばかりの声を立てた。
お母さんは、さっと両手を広げて、若者に抱き着くように走り寄った。むずと口を結んだままの若者は、顔をしかめたまま眸一つ動かさなかった。両眼を見張っていた彼は、出し抜けに腰を屈めて、大石をつかみ上げるが早いか、頭も砕けよとばかり、お母さんめがけて打ち下ろした。お母さんはあっと言う間もなく、立ちどころに倒れてしまった。若者は、笑いもせず、ものも言わないで、どしんどしんと小屋の方へ歩んでいった。

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あび鳥と鷲鷹

あるときあび鳥と鷲鷹とが、たくさんなペリカン、黒白鳥、鶴、さては鳥たちを呼び集めて、網を入り江に張って、大勢で魚どもをそれに追い込んだら、面白いに違いない、といった。
魚捕りにかけては眼のないペリカンや黒白鳥などはこれを聞くと、もうじっとしてはいられないで、喜び勇んで入り江の岸に走って行った。青々とした入り江の水は、そよ吹く風に、誘われるように漣(さざなみ)をたてていた。一同は、わっとばかりに水に飛び込むが早いか、わいわいと声を挙げながら、魚どもを網のほうへ追い立てた。あび鳥と鷲鷹とは、息を殺して水面を見つめながら、網の番をしていました。すると岸辺の切り株の上に腰掛けていた鶺鴒と鵲とが、出し抜けにけたたましい声で、鰐の背中が水面に見えたから注意しろと、叫んだ。あび鳥と鷲鷹とは、いかにも平気そうな風を見せながら、逃げるがよい、あいにく風は、お前たちの方から鰐の方に吹いている、すぐにかき消されるぞ、と言い返した。あび鳥と鷲鷹とは、親切な注意には耳も傾けないで、相変わらず魚どもを見つめていた。鰐は二人の臭いを嗅ぎつけ、人のにおいがすると、心の中で言いながら、まじかに迫って、総身の力を黒鉄の棍棒のような尾に込めて、えいとばかり打ちおろした。鏡のようにギラギラ光っていた水面が、出し抜けに凄まじい物音と一緒に砕け飛んだと思うと、どどっと崩れ落ちる水柱に、水の中にいた鳥たちは、押しつぶされたまま、水の奥深く隠れてしまった。岸の切り株に腰掛けていた鶺鴒と鵲との二人までも、津波のように押し寄せてきた水に攫われて、もろともに水の底へと沈んでしまった。岸の切り株も、入江の岸辺も、流れ出る血潮で朱に染め抜かれ、ひとしきり静まった水面を吹く風は、血生臭いにおいを送っている。それからというものは、その岸辺は「血の切り株」と呼ばれ、いまでも真っ赤な色をしている。

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蝙蝠の蜂蜜探し

あるとき蝙蝠が蜂蜜が欲しくてならないので、蜜蜂の来るのを、じっと待ち構えていた。やがて一匹の蜜蜂が来た。こうもりは、すかさずとらえると、その後ろ脚に一本の白い羽毛を挿し込んで、再び蜜蜂を逃がした。こうして蝙蝠は、白い羽毛を目標として、後をつけながら、蜜蜂たちの巣を突き止めようとした。こうもりは、側にいる大鼠(ビルバーという)の二人のお嫁さんに、そっと耳打ちして、これから蜂蜜をとるんだ、木壺(ワーリーという。船形に木の皮を削り込んだもので、蜂蜜などをいれる)に蜂蜜を入れて家に持って帰るから二人はここで待っていてくれ、とささやいた。そして飛んでいく蜜蜂の後を、だんだんとつけて行った。ほどなく夕靄(ゆうもや)が降りてきて、途中で日はとっぷりと暮れてしまった。こうもりは、慌てて蜜蜂を樹皮の下へ押し入れて、一夜は、その傍で番をしながら、うとうとと寝付いてしまった。やがて朝寒の風に、ほっと目覚めた彼は、樹皮の下から蜜蜂を取り出して、再び後をつけて行った。すると蜜蜂は、とある一本の樹の中へと入って行った。こうもりは、もう蜜蜂はこっちのものだ、とひとり頷きながら、手にしていた石斧で、その樹に目印をつけ、急いでお嫁さんの所に駆け戻ってきた。蝙蝠は二人のお嫁さんに蜂の巣を見つけたから、これから二人の働き場だ、樹によじ登って蜂蜜を搾り取るんだ、と二人のお嫁さんたちを、急き立てて、目印をつけて置いた樹の下へと、走ってきた。お嫁さんの一人は、言われた通りに、するすると樹によじ登った。樹上から、巣は樹の穴の中にあるという声が響いて来た。蝙蝠は見上げながら、手を差し込んで、引っ張り出したら、いいじゃないかと言い返した。お嫁さんは、何気なく腕を穴の中へ押し入れると、出し抜けにむずとばかり木に挟まれてしまった。お嫁さんの叫び声を聞いて、はっとした蝙蝠は、急いで駆け上った。お嫁さんの腕は、巌にでも挟まれたように、ぐすと動かなかった。蝙蝠は、これは大変、助け出すには、腕を切り取ってしまうより他に仕方はないと、心に決めて、そんなことは顔にも出さず、喚き立てているお嫁さんの腕を、たった一息に切ってしまった。血を吐くような悲鳴が、さっと森に響いたとき、息絶えて青ざめたお嫁さんの腕からは、毒々しいほど真っ赤な血が、ぽとりぽとりと流れ落ちている。群にゃりした死体を担いで降りてきた蝙蝠は、不機嫌そうに顔をしかめながら、今度はお前の番だ、早く登って、蜂蜜を取って来ないかとなお一人のお嫁さんに言いつけた。このお嫁さんは死んだお嫁さんの妹だった。お嫁さんは、蜜蜂たちは、いつまでも、そうぐずぐずしてはいない、と怖そうに言うと、蝙蝠は、そんなことはない、早く登った、っと急ぎたてた。お嫁さんは、逃れたいの一心で、いろいろと言い訳しては、樹に登ろうともしなかった。ますます気を焦りだたせ怒り立った蝙蝠は、とうとう居堪らないで、すごい音を立てて棍棒を振り回しながら、お嫁さんを、樹上へと追い上げた。仕方なく駆けのぼった彼女は、穴の中へ細い腕を挿し込むと、頭からしめつけられたと思われるほど、腕を挟まれてしまった。お嫁さんは痛いと叫び、蝙蝠はお嫁さんがバタバタと樹を叩く足音を聞いて、再び慌ただしく駆けのぼった。そして手にしていた石斧を、その腕目掛けて打ち下ろした。蝙蝠は腕が切れたのを見ると、これなら大丈夫と、早く降りるようにお嫁さんに言ったが、答えはなかった。可哀想に、頭髪を振り乱したまま、ぐたりとなっているお嫁さんは、また斧の一撃にとうとう死んでしまった。蝙蝠はこんなことにぐずぐずしてられないと、俄におじけつくと、蜜蜂のことなどはわすれてしまって、樹を滑り降りると、死体は地面に並べたまま、魔物にでも追っかけられるように、小屋指して逃げ去った。家に居残っていたお嫁さんの二人の妹は、息せき切って走ってくる蝙蝠の姿を見て、蝙蝠さんが帰ってきた、お姉さん方は美味しい蜂蜜をもってくるだろう、と言いながら、うち喜んで迎えに出た。けれども立った一人で駆け込んで来た蝙蝠の顔は、いつになく苦り切って、眼は恐ろしいほど血走っていた。両腕から生温い血が、べとりべとりと気味悪い音を立てて滴っている。びっくりした二人の妹は、こそこそと逃げ込んで、蝙蝠が、怖い顔をして立っている、腕は生血で真っ赤だ、と大鼠のお母さんに告げた。外に飛び出たお母さんは、蝙蝠の血姿を見て、驚きながら、その姿で、いったい娘はどこにいったのか、今朝ほどは蜂蜜を見つけたとやらで、うち喜んで出て行ったが、帰ってきたのは蝙蝠一人でどうやら蜂蜜はないようだし、ちょうど喧嘩したときのように恐ろしい顔をして、腕の血潮はなんだ、黙っていてはわからないだろう、娘たちはどこに行ったのか、と尋ねた。蝙蝠は大鼠のお母さんに、自分に尋ねずに蜜蜂に尋ねるといい、自分にはさっぱりわからない、と蝙蝠は、斧で割られても開くまいと言う程、硬く口をつぐんでしまった。いよいよ不思議になったお母さんは、蝙蝠は小屋の前に残したまま、自分の家に戻って来て、同じ仲間の者を呼び集めた。大鼠の仲間の酋長は、大勢の前で物語っているお母さんの言葉を、じっと聞いていた。さも残念そうに物語ったお母さんは、もう可愛い娘を見ることが出来ぬかと思うと、物悲しくなって、泣き始めた。酋長は、波立つお母さんの背を撫でながら、あの蝙蝠の野郎に娘が殺されたというなら、敵討ちは見事、自分たちの手でしてあげよう、足跡はまだ新しいはずだ、まだ消え失せはしまい。若い奴らに、足跡をたどらせて、奴はどこから来たか、どんなことをしたか、すぐに探らせて見せよう、それから急仕立ての踊りを開いて、奴が果たしてお娘さんを殺したと言うなら、奴をみんなでひどい目に合わせて、せめてもの御弔いをしよう、と言った。今までさめざめと泣いていたお母さんはやっと気を取り直して、一刻も早く若者たちに言いつけて、雨が降り風が吹いて足跡が消えぬうちに、走らせてくれ、と答えた。風のように飛ぶという駿足、鷲のように鋭い鷲目という若者たちばかりが、ほどなく仲間の中から選びだされた。そして待ちに待たれた暫くの後、お嫁さんたちの行方の知らせを持って帰って来た。その夜は、大鼠たちの間でにぎやかな踊りが開かれた。美しく着飾った女たちは、半円を描いて座って、一本調子の声を張り上げながら、歌い続けていた。その間っから歌の調べに揃えて、賑わしく聞こえてくるのは、二本の飛去来器を打ち合わせる音、袋栗鼠の皮でこしらえた太鼓の音だった。藪の端には、ばちばちと天をも焼かんばかりに、焚火が燃え盛っている。やがて趣好を凝らせた土人たちは、炎の光りに体を照らされて、赤鬼のように家から躍り出て来た。さらさらと鳴る腰の飾り切れ、ふわふわと炎のように靡く頭の飾り毛、手に振りかざす棒、色とりどり好みとりどりな姿は、くっきりと闇に浮かび上がって、輝かしく光っている。踊りの列は、囃し立てる女たちの音楽に引き立てられて、風船玉のように、ふわりふわりと近づいて来た。その先頭に立っていたのは、まぎれもないあの蝙蝠だった。樹々の頂は、立ち上る火炎に映えて、幾千億万の宝石のように、きらきらと光っている。闇に聳える真っ黒い幹は、怪物が脅しつけるように、突っ立っている。踊り回る土人たちの姿は、まるで冥府から彷徨い出た亡者たちのように、怪しく見えた。ぽんぽんと闇に鳴り渡る飛去来器の音は、ますます速く、大きく、節面白くなって行くばかり。女たちの歌声は、焚火の火をも踊りださんばかりに響いて行った。高く高く積み上げられた火は、あふれんばかりに、喜びの声を上げながら燃えている。出し抜けに焚火は、じりじりと異様な物音を建てたかと思うと、あふれ出た炎は、どっとばかり真っ赤な舌で樹々の周囲をなめまわるが早いか、雲をも追い払わんばかりに、燃え上った。踊り狂っていた蝙蝠は、今丁度、とりわけ大きい焚火のそばにと、さしかかっていた。すると大鼠のお母さんの叫び声が、他の歌声と混じって、けたたましく響いた。いままで踊っていた人々は、この叫び声を聞いて、黒山のように蝙蝠に躍りかかると、焚火の側から躍り出て行こうとする彼を捕らえて、ぶうぶうと地獄の火のような音を立てている炎の真ん中へ、投げ込んだ。灰神楽はどっと上がり、樹木はぱっと明るくなった。炎は、勢いづいたように、ゆらゆらと手を振りながら、ご馳走祝いに踊っている。大鼠姉妹の仇は、こうして見事に華やかに、討たれたのだった。

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暁の明星の由来

鷲鷹が、仲間の人々と離れて、お嫁さんの袋栗鼠とお嫁さんのお母さんとの三人で、ある白ゴム樹の上に一軒の家を構えていた。むささびもまた一緒に住んでいた。このむささびというのは、鷲鷹のお嫁さん袋栗鼠の友達で、袋栗鼠仲間の遠い親戚にもあたっていた。鷲鷹が、多くの土人たちから離れて、こうして樹上の生活をしていたのは、彼が、有名な人食いだったからです。もしたった一人で土人が狩猟でもしていたら、鷲鷹は、普通の槍の四倍もあろうという大槍で、突き刺して、その死体を樹上の家にと運んで行くのだった。そこには、袋栗鼠もむささびも、すっかり料理の用意を整えて、首を長くして待ちわびているという有様だった。女たちもまた人食いにかけては、鷲鷹に劣らない剛の者だった。あまりたびたび土人の姿が見えなくなるので、訝しく思っていた村人たちは、ある日のこと寄り集まって、どうもおかしい、これはなにか理由があるに違いない、一つ探してみようなじゃないか、と申し合わせながr、ついこの頃見失ったばかりの土人の足跡をつけて、どんどん進んで行った。やがて、土人が殺されたところへ来た。元気づいた大勢の者は、一歩一歩と地に残っている足跡を、踏み伝っていくと、まさしく鷲鷹たちが住んでいる白ゴム樹の下へ出た。白ゴム樹は、登れるなら登ってみるがいいと言わぬばかりに低く見下ろしながら、高く高く聳えている。土人たちは、蟻が這うように登り始めた。が登る者は、氷のように滑らかな幹を矢のように滑り落ちてしまうのであった。がっかりした土人たちは、しばらくの間は、さも嬉しそうに葉を動かしている樹の上を眺めて、吐息ばかりついていた。するとふと、木登りに聞明けては並ぶ者はないという啄木鳥仲間のことが思い浮かんだ。早速啄木鳥仲間の若者二人を、呼びにやった。土人たちの急を聞いて駆けつけて来たのは、啄木鳥の若者と木登りかけても、わけてその腕を謳われていた木登鼠の若者とであった。村人たちは、ようこそ来てくださった、この樹の上には、憎い敵の棲家がある、早く登ってくれと言うと、彼らを促し、二人の若者はぱっと白ゴム樹に飛びつくが早いか、まるで天に向かって落ちて行くように、音もなく登り始めた。樹は、王城のようにがっしりと、大地に突っ立っていた。やがて日は暮れ果て、二人は勇を鼓して、夜の薄闇をすかして、進んでいくと、ほどなく中途より少し上にある第一の枝に着いたので、今夜は、そこで体を休めながら、絶えず鷲鷹を見守っていた。やがて、すがすがしい朝風に、目覚めた二人が、新しい元気で樹を登り続けて行くと、程なく鷲鷹の家が眼前に現れた。二人は、眼を皿のように大きくして、ぎろぎろと周囲の有様を伺って、忍び込んだ。二人はもうしめたものだ、火をつけて逃げようと眼で示し合わせながら、火のついた附け木を家の片隅に置いて、お嫁さんたちに気づかれないように、這うようにしており始めた。家の中では、燃え盛る焚火の炎が、真っ赤にお嫁さんたちの顔を照らしている。時々家の隅の方で、燃えるような怪しい音が聞こえる。お嫁さんたちはそのたびごとに、焚火に輝く眼を見開きながら、あたりを見回すけれど、それらしいものは何もなかった。彼女たちは焚火に投げ込んだ草の燃える音だと独り頷いて、ほっと落ち着いた眼をしていた。鼻高々として逃げ降りてきた啄木鳥と木登鼠の二人の若者は、街に待っていた土人たちに、この有様を物語って聞かせた。するとうち喜びながら、じっと耳を澄まして大勢の人たちは、もしかしたら、この大木は焼け倒れる、と叫びながら、少し離れたところまで逃げて行って、眼を据えて樹上を見つめていた。土人たちは、土人たちで、敵の奴今に見てろと言わぬばかりに、さも嬉しそうに胸を躍らせていた。啄木鳥と木登鼠の二人は、口々に褒めたたえる土人たちの声に、もう空にまで飛び上がる心持だった。
夕食頃になると、帰って来た鷲鷹は、大槍を戸の外に置いて中へと入った。そして旅の疲れと獲物が少なかったのとで、がっかりしたように体を床の上に投げ出した。と、出し抜けにころころと転げ落ちていく大槍の音が響き、驚いて跳ね起きた鷲鷹は、慌ててそれを拾い上げ、またもとの所に置いた。やっと一安心して体を横たえたと思うと、また、ころころと転げ落ちて行く大槍の音が響いた。慌ただしく飛び出した彼は、さも腹立たしいように、むずとばかりそれをひっつかんで、もとの所に置いた。いままで木を伝い、床を這い、壁を登りくすぶり続けていた火は、この時、出し抜けに家の片隅を吹き飛ばして、どっと凄まじい響きを立てた。真っ赤な炎は、人も家も一舐めに、魔物が手で掻き回すように、荒れ始めた。台所でせっせと働いていた三人の女たちは、けたたましい悲鳴を聞いて、真っ青になって飛んできた。人の肉に喰いつくように、その時、炎はもう鷲鷹の身辺に迫っていた。鬼火のように唸り立てる炎、黒雲のように渦を巻いている黒煙、もだえ苦しむ鷲鷹、叫びまわる女の声、白ゴム樹の上では、いまこうした物凄い有様となっていた。まくしたてる炎は、女たちの方を飛び越えて、ますます荒れて行く。煙は、毒蛇のように彼らの体を包み、巻き付けてしまった。毒蛇の舌のような炎は、頭も足も手も、舐めついてくるのであった。見る間に鷲鷹の片腕は、焼け落ち、美しかったお嫁さんたちの足も真っ赤に焼け爛れてしまった。お嫁さんの友達のむささびも、体中に重傷をうけてけわしい息を続けている。鷲鷹は、苦しい、もう駄目だ、お前たち早く逃げろ、自分も続くぞ、と叫ぶと、家がぐらつきだした。鷲鷹の声に励まされて、みなは炎の家から這い出した。火の粉が、ぱっと散ったかと思うと、崩れ落ちる軒は、火の塊となって彼らの上に落ちて来た。飢えた鬼のような火は、人間の髪をやき、肉を食べ、たぎる血を啜らなければ承知せぬように、うち倒れている人々の体の上を、左へ右へ、上へ下へと這いまわっていた。やがて燃え落ちた焼け跡には、ただ人の焼け骨が、掻き乱されたように、散らばっているばかりだった。土人たちの眼に映ったのは、この寂しい有様だけだった。けれど彼らの言い伝えによると、明け空高く輝く暁の明星は鷲鷹で、その側に小さく光っている星は、彼の焼け落ちた片腕だそうだ。また、もう一方の側につつましやかに光っている少し大きい星はお嫁さんの袋栗鼠だと語っている。

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貸し惜み

野雁(のがん)は、鷹とほうろく鴫(しぎ)という二人のお嫁さんと一緒に、藪の中に棲んでいた。鷹の方には、二人の子供まであった。飲み水と言っても、小さな穴に溜まっている清水があるばかりだった。お嫁さんたちや子供たちの棲家と野雁の家とは、少し離れて向かい合っていた。ある日のことお嫁さんは夫に向かって、石臼をかしてほしい、早く美しい粉をこさえて、それは美味しいパンをご馳走してあげる、といった。けれども夫は、頭を縦に振るばかりで、お嫁さんたちの願いも聞いてはくれなかった。ふとそばを見ると、いましも夫が食べる物と見えて、火の上に置かれた樹皮の上には、一切れのパンが、香ばしい香りを立てていた。夫が、石臼をかしてくれない理油を知ったお嫁さんたちは、残念そうに、私たちは、早く袋栗鼠の皮で袋をこさえて、彼がいないときを見計らい、あの水穴の清水を、くみ上げてこよう。そして子供を連れて、逃げてしまおう、それを知らずに彼が帰ってきたらどんな顔をするだろう、きっと後悔するに違いない、いい気味だ、と言いながら敵討ちを考えていた。
お嫁さんたちは、夫の留守を伺って、袋栗鼠を捕らえては、殺して皮を剥ぎ取っていた。毛は切り取って着物を作るためにしまっておき、洗い清めた皮は、首の所だけを開いて、袋栗鼠の腱で縫い閉じた。こうしてすっかり袋になると、中に空気を吹き込んで、いっぱいに膨らませたまま、その口をしかと閉じて、四、五日間は乾かすのであった。乾き上がれば、りっぱな袋となる。お嫁さんたちは、とある一日、夫が出て行くと、この袋で穴の水をからからに汲み干して、子供を連れるが早いか、逃げ出した。やがて河のほとりに来た。河向こうにいた二人の土人は、ただならぬお嫁さんたちの姿を見て、身を躍らせて、泳いできた。あわただしそうな彼女たちの顔をじろじろ眺めながら、急ぎのようだが、どこからきてどこへ向かうのか、と尋ねると、お嫁さんは、夫の野雁の手許から、一刻も早く逃れたい、冷たい夫は自分たちに石臼も貸してくれない。自分たちと子供たちは苦しい思いをしながら飢え死を待つばかりで、肉ばかり食べては到底生きられない、これからどこへ行っていいかそれもわからない、ただ恐ろしい夫の手から逃れることで、自分たちの心は一杯だ、と答えた。二人の土人は眼を喜びに輝かせながら、それは幸福だ、一人ずつ自分たちのお嫁さんになってくれないか、とお嫁さんたちに詰め寄った。心細くなったお嫁さんたちは、つい頭を振って頷いた。うち喜んだ土人たちは、威勢よく子供を担ぎながら、めいめいに河を渡った。お嫁さんたちは、河などないという国に住んでいたので泳ぐこともできなかった。白波立てて泳ぎかえって来た二人の土人は、お嫁さんたちを背負って、水蹴りも軽く泳ぎ渡った。
狩猟から帰ってきた野雁は、ひっそりとした有様を不思議に思って、声を限りに呼び続けた。すわとばかり我が家の戸を開けてみると静まり切った家の中に、戸の音が淋しく響いたばかりだった。水溜に来てみれば清水は洗い出したように、一滴も残っていなかった。口惜しそうに地団駄踏んだ夫は、舌打ちしながら、いまに覚えていろ、子供もろとも、この大槍に串刺しにしてくれる、あの足跡を伝っていけば女子供の足、まだ遠くには行っていない、と言葉荒々しく怒鳴った。そして槍を手にするなり、表へ飛び出すと、ほどなく河の辺に着いた。河向うには一軒の家が見える。見慣れない土人とお嫁さんあ子供たちの姿が眼についた彼は、向うの川岸まで轟く大声で、渡してくれと手を振りながら叫んだ。日は次第に暮れて、今まで光っていた水の面は、黒ずんで来た。気味の悪い夕暮れの風が、冷たい河面を流れて来て、ひんやりと首を撫でて行く。叫び声は、向う岸にむなしく反響するだけで、夕靄の中へむなしくもみ消されてしまった。とうとう叫び疲れた彼は、泳ぐこともできないで、みすみす河向うを睨みながら、寝てしまった。河向うを隔てている水は音もなく油を流したようにゆるゆると流れている。朝になtって、ほっと目覚めた彼は、眼もこすらない内から、飛び起きざま昨晩の小屋が焼けている、燃えている、と叫びながら、しばらくはぼんやりと見ていた。火は見る見るうちに小屋を焼き払い、舌を出しながら、野を這い伝って行った。風は渦巻きながら火の粉を空にまき、炎を天に吹きあげている。瞬く間にあたりの野山は、一面の灰となった。こうして、野雁がたとえ河を渡っても、お嫁さんたちの足跡をつけて行くことは、もうできなかった。それっきりお嫁さんや子供のことについては、噂にもきいたことはないそうだ。

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梟と月男

梟が一人で、長い間人里離れた所に、棲んでいた。その間に、彼は、せっせと袋栗鼠の歯で飛去来器やナツラー(先の大きい棍棒)や投槍をこしらえているかと思うと、また裏を美しい模様に彩った袋栗鼠の毛皮を、火食鳥の骨でこしらえた針に通して袋栗鼠の腱で小器用に縫い付けては、立派な敷物を作っていた。数々立ち並んでいる見事な武器、眼も眩むばかりに光っている敷物を見ては、定めて嬉しいのだろう。梟は、自分の腕も大したもんだ、と一人で自分を威張り散らしていた。ある夜、月男が出し抜けに訪ねて来た。月男は、見事な敷物だ、これは素敵だ、一つ貸してもらえないか、と威勢よく言うと、その声に顔を出した梟は、嫌だ貸せるものか、と素っ気なく答えた。月男は、一思いに頂くとするか、と言うと、梟はなおさら嫌だ、大事な敷物は滅多にはやれないと言った。周囲を見回していた月男は、美しく磨き立てた武器を見て、あの沢山並んでいる武器ならいいだろう、と再び話しかけた。梟は相変わらず頭を打ち振って、せっかく一人で汗水垂らしてこしらえた物、他人にやれるかと答えた。月男は、なおもしつこくつき纏いながら、今夜は、大分冷える、毛皮をちょっと貸してもらえないかといった。梟は、くどい、貸せないといったら貸せない、皮も武器もと言った。月男は、何の返事もしないで、再び闇の中へと帰って行った。そして樹を伐り倒して、小屋をこしらえた。丁度小屋が出来上がって、その中に疲れた体を横たえたと思う頃、にわかに黒い雲が天に漲り渡って、天の湖が破れたように、雨が降り始めた。雨は、山という山、野という野がみな水の底に沈んでしまうまで、注ぎ続けた。強情に威張った梟の死体は、いつのまにか、ぽかりと水面に浮かんで、棍棒で叩かれるように大粒の雨に叩かれている。大事にしていた武器は、主から離れて、暴風雨の中をさまよい続けていた。美しかった敷物は、泥水の中に巻き込まれて、ぼろぼろに腐れ果ててしまった。

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脚の御馳走

ある日、お母さんの鷹が、息子のほうろく鴫に向かって、これから出て行って、火食鳥狩りをしてきて自分をはじめ女たちは皆お腹が空いてたまらないから、男であるほうろく鴫が、女の食べ物ぐらい取って来てくれるだろう、お婆さんみたいに家に引き込んでいては男の恥辱、女たちから笑われぬうちに、男は男らしく狩りをしてくるのだ、といった。母親から急き立てられて仕方なく槍を持って立ったほうろく鴫は、進まぬ足ですごすごと出て行った。空腹抱えてぐいぐいと歩きまわったが、火食鳥は影も見えなかった。といって、このまま引き上げたら、家に待っている女たちは、どのくらい自分の顔を見て笑うことだろう。空いたお腹を辛抱して待ちわびていたお母さんは、どのくらい怒るだろう。こう思うと、彼は、せめて自分の脚の肉でも削ぎ取って、火食鳥と偽って食べさせようと考えた。で、彼は思い切って、石斧を自分の脚目掛けて、突き刺した。痛い、というけたたましい悲鳴が、ぱったり止んだと思うと、自分が何も持ち帰らないそのときは、女どもの舌の切れ味はすごかろう。凄ければ凄いほど、俺の受ける傷は、深いぞ、とさもやる瀬ないような声が聞こえてきた。悲鳴が聞こえるたびごとに、石斧の刃先はぐいぐいと血潮滴る肉を切り分けて行った。こうして苦しみ悶えた末、ようやく一片の肉を切り取ることができた。ほっと息を抜いたほうろく鴫は、寂しそうな笑みを漏らしながr、帰り道を急いだ。素早く息子の姿を見たお母さんは、何を持って来たのか、私たちはもう堪らない、早くお見せよと叫んだ。急いで帰ってきた彼は、やにわにどっかと肉片を投げ出して、あいにく今日はなにもなかった、だが、これだけあれば、今晩中は、まずもって大丈夫、明日はまた明日でなんとかなるだろうと言った。女たちは肉を料理してしまうと、我れ勝ちに先を争って食べた。するとほどなく一人また一人と、気分が悪くなって来た。けれども女たちは、あまりお腹を空かせていたためだと思っていた。明くる日には、また女たちから責め立てられて出かけて行った。そしてまた自分の脚の肉を削ぎ取って、帰って来た。それを食べた女たちは、また昨夜と同じく、まるで病気にでも罹ったように、苦しんだ。お母さんの鷹は、息子が持って帰ってくる肉切れが、火食鳥の肉と違っているのに初めて気づいた。で、平気そうにしている息子に、あの肉はなんだと尋ねた。息子は、妙なことをいう、火食鳥の肉が、何に見えるのだ、と不思議そうな顔をして、こう答えた。お母さんは、もうそれ以上何も尋ねなかった。けれども絶えず自分のそばにいる二人の女を、呼び寄せて、あの肉はどうもおかしい、明日、彼が出て行く時そっと後をつけて、あの肉の正体を見届けてくれと、耳打ちした。
明くる日ほうろく鴫が狩に出かけると、二人の女は遥か後の方から、見え隠れに見守って行った。すると出し抜けに、痛い、という悲鳴が聞こえてきた。びっくりして飛び上がった二人の女は、ようやく気を落ち着けて、なおも近づいてみると、ほうろく鴫は、真っ赤な血が滴る脚から、肉を切り取っていた。二人はこの恐ろしい有様を一目見るなり、飛ぶようにして帰ってきた。二人は、火食鳥とは偽りで、あれはほうろく鴫の脚の肉だ、と慌ただしく口を開いて、母親に一部始終を告げた。ほどなくほうろく鴫は、いつものように肉片を片手に下げて、戻ってきた。持っている肉片を、無造作に母親の足下にに投げると、疲れきったように横になった。途端に脚の一端の着物がめくれて、生血の新しい傷口が、異様に輝いていた母親の眼に着いた。お母さんは辺りはがからない大声を張り上げて、二人の女を呼び、本当だ、火食鳥追うのが嫌さに、この怠け者めはどうだ、畜生、私たちの毎夜の苦しみも察せずに、いままで、よくもだましたな、みなのもの思う存分打ちのめしてしまえ、と腹を立てたお母さんは、双の拳を固めながら、片眼で息子を睨みつけ、片方で女たちを見ながら、言いつけるように叫びたてた。蟻のように群がり集まった女たちは、口々に喧しく罵りながら、のたうちまわっているほうろく鴫を、散々な目に遭わせた。母親は、さも気持ちよさそうな目つきで、息子を流し目に見ながら、「これ、ほうろく鴫、よく聞け、お前の脚には、もう肉はつかないぞ。お前の脚は、いつまでも赤かろう。赤いんだぞ。いつまでもだぞ。肉はつかないのだぞ」とさみしそうなことを言い残して、出て行った。女たちも、それについて、ぞろぞろと出て行った。ほっと人心ついたほうろく鴫は、全身針で刺されるように痛む体を持ち上げるように起こすと、あたりを注意深そうに眺めていたが、こそこそと這いながら逃げ出してしまった。それっきりお母さんは、二度と息子に会ったことはなかった。けれど、日が暮れて昼間のやかましい物音が止んで、冷たい夜風が、地獄の風のように人のかr打を脅し始めるころになると、決まりきったように、「私の脚よ、可哀想な真っ赤な脚。私の脚よ、可哀想な真っ赤な脚」という哀れな声が、どことなく聞こえてくるのだった。可哀想なほうろく鴫という土人は、こうして再びその姿を現したことはありません。が、やせ細った脚を持ち、羽毛の下が火のように真っ赤な色をしている鳥は、しばしば見受けられる。しかもその鳥は、夜になれば丁度ほうろく鴫という土人が、あの哀れな声を張り上げて、「私の脚よ、可哀想な真っ赤な脚。私の脚よ、可哀想な真っ赤な脚」と泣き叫んでいたと同じような声で、哀れな叫び声を立てている。だかr、この鳥はいつもほうろく鴫といわれているのだ。

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火食鳥の火傷

火食鳥が、二人のお嫁さんの鴉たちを連れて、野宿をしていた。黒雲が、むくむくと天においかぶさって来たのを見た三人は、慌てて樹皮で小屋をこしらえ始めた。やがて闇の中を忍び寄る人の足跡のような音を立てて、雨が降り出した。三人は、慌ただしく出来立ての小屋の中へと潜り込んだ。雨は、俄に勢いを増して、振っている。するとお嫁さんたちの油断を見すました夫は、何を思ったか小屋の一方の樹皮を蹴落として、二人に出て行って、樹皮をここへ載せてくれ、と言った。お嫁さんたちは、雨に体を叩かれながら、樹皮を、しかとあてがっていた。やっと一安心して小屋の中へ入って来たと思う間もなく、またも反対の側の樹皮が、蹴落とされた。お嫁さんたちはまた嫌な思いをしながら、せっせと雨の中で働いていた。あまり続いて樹皮が落ちるので不思議に思ってお嫁さんの一人は、じっと夫のすることを、見守っていると、夫は、一生懸命に雨に濡れて、身体は冷える、ご馳走はなくなる、自分はこうやって胡坐をかいて、美味しいご馳走は、たんまりとある、人が雨に叩かれながら忙しそうに立ち働いているのを、こうやって眺めるのは、なんといういい気持ちだ、と一人頷いて、笑いながら、今付けたばかりの樹皮を、蹴飛ばした。これを外で盗み見した一人の方は、そっと一人に耳打ちして、夫はひどい人だから、一つ懲らしめてやろうと囁いた。二人のお嫁さんは、真っ赤に焼けた樹皮をもって、何食わぬ顔に小屋の中へ入って来ると、一人うち笑いながら、横たわっている夫のそばへ、ずかずかと歩みよると、私たちもいい加減に冷たい目に遭いました。今度はお前の番だ、温かい目に遭わせてあげよう、とお嫁さんたちは、こういうが早いか、手にしていた燃え木をいきなり夫の上に投げつけた。水禽のようにぱっと飛び上がった夫は、焼ける体を抱えて狂いながら、悲鳴をあげて、雨の中へと転び出した。お嫁さんたちは、ざまをみろと、家の中からは、天井も突き抜くような疳高い笑い声が、絶え間なく響き続けていた。

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怠け者の仕事

若い鶏冠鳩(とさかばと)は、いつも決まりきったように、狩りに出て行った。お母さんや妹たちは、威勢のいい鶏冠鳩の後ろ姿を見ては、カンガルー、火食鳥などのお土産が戴けると思って、うち喜んでいた。けれでも鶏冠鳩が帰って来るときには、いつもまた手には何も掲げていなかたt。あまり不思議でならなかったので、ある一日のこと、毎日藪の中で何をしているのか尋ねると、藪の中を駆けまわって狩を続けているのだと答えた。女はではなぜ待ちわびている私たちにご馳走を戴かせてくれないのと尋ねると、鶏冠鳩は、見つけることは見つけるが、それを捕らえて、仕留めるのが私にはできない、カンガルーや火食鳥などを見つけたときの、私の叫び声を聞いたことはないか、と答え母親たちを冷たそうな眼つきで、じろりと見回した。一同は、すかさず、聞いたことはある、だからあの叫び声が耳に入るたびに、私たちは焚火を起こして、ご馳走の来るのを楽しく待ちわびている、それなのに一度だって、私たちに、嬉しい思いをさせたことはないじゃない、と恨めしそうな口ぶりで言った。鶏冠鳩は、明日こそ、きっとお望み通り、見事なカンガルーを一匹仕留めてくる、といった。こうした言葉に母親たちは心ばかり安堵の胸をなでおろした。狩猟と見せかけて毎日出て行く彼は、実はゴムを集めて、せっせと一匹のカンガルーをこさえているのだった。あの恐ろしい力のある大きな尾といい、尖った大耳といい、いまにもあたりを飛び歩きはしないかと思われるほど、その出来栄えは見事なものだった。いよいよ約束の日になると、いつもさみしそうに帰ってくる鶏冠鳩は、ゴムでこさえたカンガルーを重そうに掲げ長r、その姿を現した。お母さんや妹たちは飛び上がらんばかりに喜びながら、本当だったんだ、嬉しい、立派なカンガルーをご覧、どのくらいおいしいだろう、火はよいか、こんばんは素敵なご馳走だ、ともうご馳走を口にしているようににぎやかに騒いでいた。するとものの四、五町向こうまで来た鶏冠鳩は、何を思ってか、やにわに手にしていたカンガルーを投げ捨てて、ずかずかと近づいて来た。お母さんは、空手をぽかんと下げている鶏冠鳩を見て、さっきのカンガルーはどこにやった、と口を尖らして尋ねた。彼は、ついあそこに置いてあると言いながら、彼はそのほうを指した。慌てて駆けて行った妹たちは、口々にどこにあるのさっぱり見えない、と言いながら戻ってきた。彼は、再び指指しながら、そこにあるじゃないかといった。女たちはそこにゴムでこしらえた大きな人形しかないと言うと、彼は、何か他の物とでも私は言ったか、それがゴムであると私は言わなかったからね、といった。女は、あなたはカンガルーといったじゃないのと言った。彼は、そうさ、言ったとも、それは見事なカンガルーだよ、立派なカンガルーだ、一生懸命私のあらん限りの技量を振るってこさえた見事なカンガルーだ、と驚く妹たちを尻目にかけて、こうすげなく答えながら、独り我が技のほどを誇っていた。うまくだまされたお母さんや妹たちは笑うどころでなく、腹立たしさのあまり、寄りたかって鶏冠鳩を殴りつけ、もう一人では決してだしはしない、狩猟と見せかけて遊んでばかりいる、空腹叩いて待ち設けている他人の苦しみを察せずに、これからは、家を出るときは私たちもついていくからそう思いなさい、と女たちの怒り声がときどき聞こえて来た。今でも鶏冠鳩が食べ物を探しに行く時、決して一人でないのは、こういうことから始まったのだった。

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女医者カンガルー

カンガルーはお婆さんでしたが、大変賢い医者で、息子とその二人のお嫁さんたちと一緒に住まっていた。お嫁さんというの、一人の赤蜥蜴で、もう一人は針蜥蜴だった。ある日、二人のお嫁さんは、よほど何か失敗したものと見えて、怒り立った夫は、まるで石でも叩くように、二人を内叩いていた。さんざんひどい目に遭ったお嫁さんたちは、私たちは、どうした生まれ合わせだろう、地獄の責苦より辛いこの生活、もうこの生身では到底耐えられない、いっそ、夫を殺してしまうより生きて行く路はない、しかし自分たちのか弱い身ではどうすることもできない、何かうまいはかりごとでやろう、と話し合って出て行った。二人にはうまい計略が思い当たった。砂浜の磯近く歩み寄った二人は、砂を掘り下げて、大きな穴をこさえ、その中に水を注ぎ、その上を枯れ枝や木の葉などで、手際よく覆った。お嫁さんたちは、今に見ろと言わぬばかりに、出来上がった落とし穴を、しげして見入りながら、さあ行こう、大袋狸の住処を見つけたと夫に話そう、と言った。二人は、いままでの子とは忘れたように、飛んで帰ってくると、今日は海辺の砂の中に素敵な袋狸たちの穴があったのだ、あれに忍び寄って、驚かしたら、丸生け捕りは請け合いだ、と夫に告げた。嬉しさに飛び上がった夫は、お嫁さんたちなんか忘れたように、一散に海辺さして走り出した。夫は、袋狸ども今頃は、あの穴の中のひだまりに腹を膨らませて高鼾でも書いているに違いない。一泡吹かせよう、とにやり君の悪い笑みを浮かべて、穴の側に忍び寄ると、どっとばかり穴の上めがけて、飛びついた。天からまっすぐ下界の底まで沈んだように、冷ややかな水の中に落ち込んだ夫は、声も枯れはてんばかりに張り上げながら、穴の中をのたうち回った。荒れ狂えば荒れ狂う程、水は沫(しぶき)となって、頭に降りかかる。時々周囲の砂は、ばらばらと気味の悪い音を立てて、頭から抑えるように落ちてくる。バタバタと狂いまわる物音を、さも気持ちよさそうに聞いてうち笑っていたお嫁さんたちは、小躍りしながら、家に帰って行った。息子の姿が見えなくなって、訝しく思ったお母さんは、お嫁さんたちが帰って来たのを見ると、息子がどこへ行ったか知らないか、と聞きただした。けれどもお嫁さんたちはただ何やら口の中で、グニャグニャと言っているばかりでだった。それから二日三日経った。けれども息子の姿は再び現れなかった。いよいよ思いを募らしたお母さんは、息子が家を出たときの足跡を見つけ出して、それを伝って行った。足跡は、途切れ途切れに海辺指して走っていた。一心に足跡を見つめて行ったお母さんの眼は怪しく光った。そこで足跡ははとと泊まって、その側には大きな穴があった。梟のような大きな眼をしたお母さんは、手にしていた棍棒を穴の中に差し込んで、手さぐりに水の中をかき回していると、はしなくも何かおおきなものに行き当たった。はて、もしかしたらこの手ごたえは、と俄に元気づいたお母さんは、又枝の棒を伐って、それを引き上げようと焦った。が、棒は、まるで大岩でも上げるように、そのたびごとに、幾本も折れてしまった。思案に余った彼女は、アカシアの枝で、ひきあげにかかると、さしもの重荷も、わけなく上がって来た。お母さんはそれを見ると、やっぱり自分の息子だと、言うと、恐ろしい怒り眼を光らせ、やがて息子の死体を蟻塚の上にひきずってきた。蟻たちは、濡れた体の上へ、潮のように這いあがって来た。お母さんは、蟻から刺されて息を吹き返しはしないかと、注意深い眼でじっと見つめていた。すると程なく脚の先が微かに動き、手の指も動き出した。体中の筋肉は、魔物に爪建てられたように、びくりびくり震え始めた。やがて総身は、わなわなと震え出した。両目はばっちりと見開いた。息子は、お母さん、妻の奴らは私を欺いた、自分を落とし穴に入れた。いま一息で、私の命はなくなるところだった、と息子はようやくはっきりと心をとり返して、お母さんにこう物語った。彼女は、これをきくなり、ばりばりと歯噛みして、憎い女め、もう嫁とも思わないぞ、親身とも思わないぞ、息子よ、今しばらく自分の小屋に隠れていて、家へ近づいたらこの大きいカンガルーの袋におはいり。私が、奴らに気づかれないように、うまく家の中へ連れてってあげるから、狩りに行きたいと思ったら、またこの袋に入るがいい、そこらあたりへは自分がわからないようにつれだしてあげよう、と家の方を睨みつけん殻、息子に言って聞かせた。こうしてお母さんは、うまうまと息子を隠していた。お嫁さんたちもまた、夫がこの世に生きていて、お母さんの小屋にいるとは知りもしなかった。けれど彼女たちが不思議に思ったのは、お母さんが出て行けば、帰りにはきっとあふれるばかり袋に獲物を入れてくることだった。誰か力を貸す者があるに違いない、何か秘密があるに違いないと感づいた二人は、あれはたった一人で、いつも出て行き、年寄りでたくさんな獲物が採れるはずがない、今日も取って来たものが、袋栗鼠、蟻食い、芋、赤梅、良い物ばかりだ、自分たちの足で駆けまわってもどれほどとれるだろうか、これにはきっと秘密がある、一つ見届けよう、と相談していた。そうとも知らずにお母さんは、いつものように大きな袋を担いで、出かけて行った。お嫁さんたちは、足つきが弱弱しくあれでは木によじ登って、袋栗鼠取ろうなんて、栗鼠たちから笑われる、今にも転びそうだ、と出て行く姿を打ち守り、口々にこうささやいていた。二人は、足音もなくお婆さんの後をつけて行った。這うように危ない足つきで歩んで行くお婆さんは、家からかなり離れたところまで来ると、大きな袋をどっかと地におろして、皺を伝って流れる汗を拭う間もなく、怪物のような男の姿が、袋から立ち上がった。それは、まぎれもなく夫だった。お嫁さんたちは、やっぱり秘密があった、息子の在処をかぎつけたのだ、医者の技量を、おせっかいに役立たせて、息を返させたのだ、あの婆がいなくなったら、夫の所へ出て行って、いままでどこにいたか尋ねて見よう、そして夫の姿を見て、自分たちは夫の姿を見て嬉しくて堪らないようにして見せよう、ぐずぐずしていたら夫から殺されてしまう、驚きながら話していた。そのうちお母さんはどこかへ行ったのか、夫だけ一人となった。お嫁さんたちは、踏む足も軽く媚着くように微笑みながら、そのそばへとんで行った。そして、私たちを置き去りにしてどこへ行っていたの、私たちはあなたの身の上を案じてどのくらい嘆いたことだろう、どのくらい寂しい思いをしたかわからない、もうこの家に帰らないと思って悲しかった、と言った。なり下がってくるような甘ったるいお嫁さんの言葉を、夫は、さもまことのように受け流しながら、あのまま死んでいたら墓穴になっていた落とし穴のことなどは、知らないふりをしていた。三人はうち連れて狩りに出かけた。ほどなくたくさんな獲物を掲げて戻ってきたのをお母さんは、ふと見て、お前はまたその女たちの罠にかかりたいのか、せっかくお前をこの世に呼び戻したのは、お前をまたこの女たちの毒手にかけたいがためと思っているのか、私は女たちの命をいままで助けておいたが、お前にまた手出しするようなら、この女たちを生かしておくんじゃなかった、今にご覧、この女たちの恐ろしい毒爪をもうそうなったら、この私でもお前を救ってあげることはできない、でも良ければお前の勝手にするがいい、だが、お前、その女たちと一緒にいることは、それはこのお母さんが許さない。女たちの吐く毒気に酔いつぶれてしまうのも、間もない話、悪魔の捕虜になってしまうのも、すぐのこと、そのときになって、泣いたって笑ったって、私のちからではえお前の命を取り戻すことはできない、と叫ぶよりは罵るような声で言った。すると息子は、お母さんは私のたった一つの命を救ってくださった、妻たちも、この通りにそれを喜んでいる、妻たちも私と同じようにやっぱり狸の穴と欺かれたのだ、何もそんなに気を悪くする必要はない、妻だって家の者で、自分のことを思う心に変わりはない、私たちは夫婦です、親子です、今までと同じいつまでも平和に暮らしていこう、とお嫁さんたちの身をかばうように答えた。こうして夫は、言葉巧みにお嫁さんたちを自分のものにしてしまった。けれども優しい口先のすぐ後には、復讐の心が炎のように燃えていた。こうして平気を装っている中にも、復讐の準備を進めていた。まず端をとがらせた二本の棒をこさえて、見えないように海の水の中へ、しかと立て、二本の丸太を、その前の岸から水の上へと掛けた。用意はすっかり終わったので、一つ水浴びをしようと言ってお嫁さんたちを誘いかけた。やがて三人は、広々とした海辺へやって来た。夫は、潜りごっこをするから、岸に丸太の掛け出しがあるから、二人は丸太の上にそれぞれ立って順番に飛び込んで、誰が一番長く潜れるか競おう、まずは自分から行う、と言って水の中に隠れている槍のような棒を巧みに避けて、潜り込んだ。ほどなく黒い頭をもたげて来た夫は、元気のいい声で、気持ちよかった、いい飛込場だ、といった。丸太の端に立ったお嫁さんたちは、ぱっと蹴り立てて水に飛び込んだ。勢いついたお嫁さんたちの体は、毬のように水の奥深く隠れっていた棒の上に落ちてきたので、身体を串刺しにしてしまった。藻掻くたびに真っ白な泡は、不気味な音を立てて、水面に浮かび出るばかりだった。夫は、思い知ったか、と油のように静まって行く水面に向かって、こう言い捨てながらさっさと帰って行った。一人ぼっちで帰ってきた息子の姿を見て、お母さんは、一人かいと尋ねると、息子は、お嫁さんたちは蜜蜂の巣を取りに行ったと雑作なく答えた。それから幾日か過ぎ、お嫁さんたちの行方は、風の便りにもわからなかった。お母さんは、不思議に思いながらも、疑いを胸に包んで、ただ機会の来るのを待っていた。ある日、息子は狩に出て行った。お母さんは、この時と言わぬばかりに、飛んで出て、お嫁さんたちの足跡をつけて行った。お母さんは、このときと言わぬばかりに、とんで出て、お嫁さ案たちの足跡をつけて行った。足跡は海辺の渚で止んで引き返した様子もなく、鏡のように澄みきった水面には、小皺一つの波も立ってはいなかった。よく腰をまげるようにして水面をのぞき込むと棒に串刺しになったお嫁さんたちの姿が、はったと眼に止まった。お母さんは、まぎれもなく二人の姿だ、とつぶやきながらその体を水の中から引き上げた。そして、それを蘇らせてやろうと思った。というのはお母さんの頭には、新しい腹立たしい思いが、起こってきたからであった。それは、お嫁さんたちと同じように、息子もまたお母さんをだましたためだった。静かに棒を抜き取った傷跡には、丁重に包帯をして、身体には、いろいろ妙薬を塗り付けた。やがて、その死体を運んできた所は有塚の上で、蟻は、小粒の砂をまいたように体を覆って、刺し始めた。程なく足が動き出して、胸が微かに波立ち始めて、眼が生気に溢れて生き生きと光り出すと、やがてすっくと立ちあがった。お嫁さんたちを連れて戻って来たお母さんは、驚く息子に向かって、自分の大事な医術で、お前の命は一度は救って、今度は、妻たちの命を助けてやったが、これで水臭い家内喧嘩はやめて静かに安心して暮らそう。お前たちは、みな私の家内の者、だますなんてわからないことはもう決してしてはいけない、二度と私に世話を焼かせないように、と言った。冬の暴風雨のような、冷たい喧嘩が終わって、一家の中には、暖かい春の平和な生活が始まった。丁度お母さんの女医者がなくなったとき、美しい眼も眩むほどに輝いた星が、百雷のうなりを立てて、矢のように落ちてきた。近隣の土人たちは、この不思議な光景に打たれて、襟首を正しながら、誰か、有名な医者が、ちょうどいま亡くなった、今の星を見ろ、と口々に噂しあっていた。ほどなく二人のお嫁さんは亡くなった。そして、天上界と昇って行った。そして血のように真っ赤な色をしていると言うので、赤星(火星のこと)とよばれるようになった。言い伝えによると、それは、二人のお嫁さんが串刺しにされたとき、流れ出て、いまでも消えない血糊のあとだと言われている。

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虹のかけ橋

鶺鴒は、四人の娘たちと一緒に、寂しい寡婦生活をしていた。ある日、ぷらりとやって来た啄木鳥が、すぐ近くに野宿した。鶺鴒はこれを大変怖がって、夜は寝もしないで啄木鳥の小屋ばかりを、見つめていた。そしてちょっとでも物音がしたら、恐ろしさのあまり大声立てて叫んでいた。ときとしては、こうした夜中叫び続けていたこともあった。朝になると啄木鳥は、出し抜けに訪ねてきて、夜通しのけたたましい声は、一体どうなさったのだ、と尋ねた。魔物にでも襲われたような目つきをした鶺鴒は、お恥ずかしい話だが、誰か家の周囲を歩き廻っているような薄気味悪い音が聞こえたから怖くてならない、何分男気なしの生活に、四人の娘で住んでいる、と答えて寂しそうに口をつぐんでいた。啄木鳥は親切な心根で、慰めるように、大勢の可愛らしい娘さんたちと一緒の生活で、寂しいなんて言うと罰が当たると言った。けれどもとっぷり日が暮れ果て、うすら寒い風が、あたりの樹をそよがせ始めるころから、いつも悲しそうな母親の声は聞こえてきた。とうとう堪り兼ねた啄木鳥は、鶺鴒に向かって、そんなに怖かったら、私のお嫁さんになって、小屋に一緒に住まわないか、あなた方のお世話はできるだけ致す、と言った。けれども寡婦の鶺鴒は頭を横に振るばかりで、結婚しようとは思わなかった。といって、夜あたりが死んだように静まってくると、まるで亡者のようなわめき声をあげて叫んでいた。そのたびごとに啄木鳥は、お嫁さんになってくれ、としきりに勧めていた。が、彼女は、巌のように頑固に啄木鳥の親切を避けるので、啄木鳥の思いは、慕って行くばかりだった。どうすれば、彼女の心を変えることができるか、彼は眼をつぶり、頭を振って、考え込んでいた。ふと妙案が浮かんだか彼は、見事な美しい七色の橋をこさえた。そしてそれを、空に大きく弓なりを描きながら、大地の一方から他方へ架けた。それは、虹という物だった。大地から天上界への昇り道のように、美しい虹が、青々とした空にくっきり浮き出ているのを見て、ほっと安心した彼は、小屋に入って待っていた。鶺鴒は何気なく見上げた。そこにはいままで見たこともない、目覚めるばかりの虹が、輝いていた。眼の色を変えて驚いた彼女は、慌ただしく叫んで娘を呼び集めるが早いか、一目散に啄木鳥の小屋指して逃げ込んだ。得たり賢しと、待ち構えていた彼は、顔色変えてどうしたのだ、あの空に輝く橋、あれは虹といって、自分がこさえたのだ、ここに来たならもう大丈夫、自分のお願いを聞いてくれれば、この通りに安全だ。だが、この上嫌というなら、こんな生易しいものじゃない、この腕にかけても、大地を粉微塵にしてしまうだけのものは降らせてみせましょう、とさも自分の力を誇らしげに語った。啄木鳥の力強さとその技量とにすっかり感じ入った鶺鴒は、とうとう首を折って、一も二もなく承知してしまった。そして二人は結婚した。それから、長い年月はたって、二人は死んでしまった。人間の鶺鴒は鳥となって、月の光静かな夏の夜の空を、あの人間であった時のままの悲鳴を上げながら、飛び回っている。人間の啄木鳥は鳥の啄木鳥となり、鶺鴒をうまく欺いたあの虹よりも、もっともっと見事な道を天上界へこしらえようとするように、しきりに樹を登り続けている。

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旋風と目潰し

ある年寄りの男とその二人のお嫁さんの間に、二人の子供があった。お嫁さんたちは蚊鳥族(かちょうぞく)だった。年寄りの男は、いつも飛去来器をこさえた。それも溜まりに溜まって、いまではとうとう四つの袋にいっぱいとなった。二人の子供たちは、歓喜の声を上げながら山野を駆け巡って、袋栗鼠やたてがみ蜥蜴などを狩り立てて、森の中で勝手に料理しては、その美味しい味に舌鼓を打っていた。が、この肉を家に持ち帰ったことは、まだ一度としてなかった。ある日、年寄りのお父さんは、子供たちに、飛去来器に塗りつけるため、脂肪を取って来いと言いつけた。子供たちは、狩り取った鬣蜥蜴の肉を綺麗に料理して、すっかり食べてしまうと、それから取った脂肪だけを持って帰ってきた。お父さんは、大変怒って、恩知らずの親不孝め、子供のころは雨風に吹かれて狩り採った獲物で、養ってやったのだ、その慈愛も知らずに、一人で狩をすることができるようになれば、親なんて、どこの火とかと言わぬばかりの顔をしている。いったい、この年よりを、飢死させようと言うのか、と心の中には、口惜し涙を流していた。けれども一言も言わないで、ひそかに機会の来るのを待ち構えていた。やがて飛去来器に脂肪を塗り終わったお父さんは、子供たちに向かって、飛去来器を試して来てくれ、と言った。たくさんな飛去来器は、大地に跳ね返りもしないで、不思議なうなりをして、ふいと空中に消え失せてしまった。その次もその次も驚く二人の眼を尻目にかけるようにして、みな消えてしまった。二人はあっけにとられた気持ちで、飛去来器がみな手元から無くなってしまうと、不思議そうに頭を傾けながら、家に帰り始めた。すると、一つの大きな旋風が、二人めがけて落雷のように飛んできた。真っ青に震え上がった二人は、手近の樹に抱き着いた。旋風の中には、恐ろしい魔物が乗っていた。旋風は、そんなことには頓着しないで、鉄棒のような大きい手の片方を、差し出して、まるで草でも引き抜くように、根こそぎにしてしまうなり、も一つの腕でも一人がかじりついていた樹を、引き抜いた。子供たちは、逃げ惑うようにしてまた他の樹に縋りついた。そのときもう旋風の魔の手はそこまで伸びて、たちまちその二本の木ももがれてしまった。危うく魔の手を逃れた二人は、ほうほうの体で、木麻黄樹(もくまおうじゅ)に、寄生木のようにだきついたと思うと、すさまじい響きが聞こえた。草は一面になぎ倒されてしまった。大きい木麻黄の樹は、もう根こそぎになったまま、縋りついた二人を乗せて、空高く舞い上がって行った。旋風は、高く高く腕を伸ばして、上へと押し上げて行った。間もなく、登ってきた木麻黄樹は、もがく子供もろとも天上界へ据え付けられた。それは、今日でも銀河の近くにあって、ワッラウィルバールー(悪魔の棲む旋風の意、マゼラン雲)と呼ばれている。見えなくなった飛去来器は、旋風の手で一つ一つ、銀河の流れに沿って並べられたのだった。旋風は、汝ら少しは思い知ったか、とにやり気味の悪い笑みを洩らして、さっさと天上界を降って行った。そして大地に着くが早いか、ひらりとまた元の姿に変わった。それは、紛れもなくあの年寄りのお父さんだった。出し抜けに子供の姿を見失った二人の母親たちは、平気にすましている夫の顔を見て、不思議そうな眼を光らせながら、その様に注意を払っていた。子供たちの身の上を案じて、心配そうに話しあっているのに、夫は笑いながら座っている有様を見て、疑いは、ますます募って行った。夫の冷たい仕打ちに、二人のお嫁さんたちは、仕方なく二人で足跡をつけ始めた。ほどなく広々とした野原へ来た。大旋風が降りてきた跡は、まだ昨日のように生々しく、樹という樹、草という草は、みな大地に叩きつけられて、討ち死にしたようにひれ伏している。踏みにじられた子供たちの足跡は、そこではたと止まっていた。その側に、大木が根こそぎにされたものと見えて、大穴が二つ大きい口をあんぐりと開けていた。旋風のため樹もろとも空高く巻き上げられたことを初めて知った母親たちは、泣く泣く家へ帰って来た。やがて冷たい暗い夜が来た。あたりが次第に見えなくなると、沈み果てた静けさを破って、天上界の方から、しくしくと悲しそうな鳴き声が聞こえてきた。やる瀬なさを訴えるような、母親を恋い慕うような泣き声は、はたと止み、また聞こえ始めた。妖しく胸を波立たせていたお母さんたちは、しばたく眼で、遥か星の煌めく天空を見上げた。大空に浮かび出ていた木麻黄樹とその傍に縋りついている子供たちの姿を見たお母さんたちは、はらはらと涙を流しながら、天を仰いで嘆いて、あれは子供たち、この身の大地では会われないのが口惜しい、と言った。やがて一人のお母さんは、ひそひそと泣いている他の一人の肩を揺りながら、夫めひどいにもほどがある、あれはきっと旋風に乗っている魔物に違いない、可哀想な子供たちの仇は、たとえ私たちの細腕にかけても、きっと打ち取って見せよう、とささやいた。あくる日お嫁さんたちは、たくさんな松脂を集めて、帰って来た。夫は、お嫁さんの姿を見て、今日は頭が痛んでかなわない、ひとつこの頭髪を梳いてくれ、と一方のお嫁さんに言った。呼ばれたお嫁さんはおとなしく夫の頭を自分の膝の上に載せて、優しい手で頭髪を梳き始めた。いい気持ちになった夫は、いつの間にか目を閉じていた。もう一人のお嫁さんは、燃え盛る炎の上で松脂を溶かしていた。梳いていたお嫁さんは手招きして、他のお嫁さんに何やら合図をした。松脂を溶かしていた彼女は、膝を動かしながら、じりじりと近寄ってきた。そっと寝息を伺ったお嫁さんは夫の耳元に口を当てると、額の方も立派に梳いてあげるから、仰向けに寝転がってちょうだい、とささやいた。夫は、閉じた眼も開こうとせず、気持ちよさそうに横になった。お嫁さんは再びそっと合図すると、もう一人のお嫁さんは溶けている松脂をもって、滑り寄って来た。髪を梳いているお嫁さんの手には、煎り油のような毒々しい熔脂が握られて、それを夫の眼に流した。双の眼を閉じ込めた松脂は、じりじりと肉を焼きながら、もうもうと煙を立てていた。夫は、真っ赤に焼け爛れた眼を抱きながら、飛び上がたと思う間もなく、部屋を狂いまわった。壁に当たり、つまずき転んでいた彼は、旋風のような喚き声を立てて、熱い、とうなりながら、家の外を狂いまわっていたが、ほどなくその悲鳴も闇の中に消えてなくなった。それっきり、夫の姿は、二度と現れたことはなかった。けれども、「熱い、あおばずく、あおばずく」という悲鳴は、夜毎ねているお嫁さんたちの枕元に、響いてくるのであった。それは、日の暮れるのを待つようにして、空を飛び歩いている夜鷹だった。で、お嫁さんたちは夫が夜鷹になったに違いないと思った。それから暫くの後、お嫁さんたちは、蚊鳥(かちょう)となった。この蚊鳥の羽には、ちょうど蚊と同じような斑点があった。夏の大きい涼しい月が、夕風にそよぐ松葉に登ると、「蚊よ、蚊よ」と呼ぶ鳴き声が響く。すると、幾千万の亡者の泣き声のような叫び声が、雲のように起こってくる。それは、蚊鳥の悲鳴に誘われて、寄り集まってくる蚊たちの声である。こうして蚊たちが群がって来ると、蚊たち、これから縦横に飛び回り、何なりと遠慮なく刺し倒してやれ、と蚊鳥はいうのであった。

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死体から出る声

雨鳥はお婆さんで、四百匹の野犬どもと一緒に生活していた。もう腰も曲がりかけたこの老齢になるまで、食べ物の他には、お婆さんには何の心配もないという気楽さだった。お腹が空いて大勢の犬どもが叫び始めると、お婆さんはいつも二匹の子犬を連れて、家を飛び出す。すると二、三十人ぐらいの土人たちの群が、海辺の方へ歩いていくのに、出会うのであった。お婆さんは目を光らせ、どちらに行くのか、いいところを教えてあげよう、それはたくさんな甜瓜(まくわうり、てんか)がたくさんあるところだ、と言うと、土人達は、さも嬉しそうに、それはどこだと尋ね返すと、お婆さんは食いしばった口元に、素知らぬ笑みを浮かべながら、そこの畑の畝の上に並んでいる、これからすぐ行こうと言うなら見えるところに行って道具を構えて、待っているがいい、自分は小犬と一緒に甜瓜をあなた方へ転がそうと言葉巧みに誘った。お婆さんや犬どもは、人肉を何よりの御馳走としている。欺かれるとは知らず正直な土人たちは、教えられるままにじっと待ち構えていた。けれども甜瓜はその影も見えず、お婆さんはいつの間にか我が家に立ち返って来て、やっつけろと家の中に向き合って呟いていた。たくさんな犬どもは、飛び出るが早いか、待ちあぐんでいた土人たちを、十重二十重に取り囲んだと思うと、色を失った土人たちを噛み倒してしまった。お婆さんはどす黒い眼を一層すごく輝かせながら、声高に笑い続けている中を、犬どもは嬉しそうに頬を膨らませ死体を家へ運んで行った。これで暫くの間は、じっと座ったままでいても、たくさんなご馳走に舌鼓を打つことができる。こうした生活が幾度となく繰り返されていた。土人たちの数が次第に少なくなっていったので村の人々は、俄に騒ぎ始めた。あの一人住まいの婆が怪しい、第一あの面からして、生き写しの鬼婆だ、しかも、二匹の子犬を連れてさ、どうやら妙な眼で、あの山を降ってくるじゃないか、よし明日こそ奴の有様をきっと見届けてくれようと村人たちは口々にこう話し合っていた。明くる日海辺へ行く人たちは、二組に分かれ、一組だけは絶えず後ろの方から見守っていくことになった。胸に一物あるお婆さんは、大勢の土人達の姿を見ると、飛ぶようにやって来て、何やら話していたが、やがて二匹の犬を連れて、どことなく行ってしまった。後ろの方に隠れている人たちは、じっと息を殺して、この様を眺めている。人々は、畑の側知己悪に腰を据えて、まるで何かを待ち設けるように、手にしていた武器を構えていた。するとどこからとなく、やっつけろと言う薄気味悪い声が、風の音のように聞こえてきた。みるみる待ち構えていた土人たちの周囲には、恐ろしい眼を怒らした犬たちが、牙をむき喉を鳴らして詰め寄せた。けたたましい叫び声、悲鳴が震えるように響き渡った。生血滴る牙が利鎌(とがま)のように閃いたかと思うと、荒息をついて反身になっている犬どもの足元には、真っ赤になった土人たちの死体が、石ころのように横たわっていた。隠れながら眺めていた土人たちは、もう真っ青になってしまった。今はお互いに見合わす勇気もなく、ただ死んだような眼で、見つめているばかりであった。やがてお婆さんの言いつけで、大勢の犬どもは、うち喜びながら、重そうに死体を引きずって行った。この有様を聞いた村は、それはそれは、暴風雨が俄に襲ってきたような大騒ぎだった。村人たちは、歯噛みして口惜しがりながら、身支度重々しく武器握る手も早く、ぱっとばかり飛び出した。新たに勢揃いした一群の土人たちは、お婆さんや犬どもを罠にかけてやろうというのだった。いつも旨い味を占めていた犬どもは、いつものように爪を掻き立てて、土人たちにとびかかった。すると突然に凄まじい叫び声が雷のように起こった。吼える声、喚き声、呻き声、槍の音の間からは、苦しそうな糸のような声が聞こえてくる。いままで身を隠していた二百人の土人は、こうして荒牙立てた犬どもめがけて躍りかかった。生臭い風がさっと面をかすめた。そこには、醜い血まみれになった犬どもの死体の間に、二匹の子犬もお婆さんの死体も、枯れ木のように横たわっていた。見事に仲間の敵を討った土人たちは、お婆さんの死体もそのままにして、凱歌(がいか)を挙げながら帰って行った。するとものの四、五町も行かぬ中に、雨よ雨、という薄気味悪いお婆さんの声が、聞こえてきた。驚いた土人たちは、飛んで来て、お婆さんの死体の足骨を砕いて、帰ってきた。けれどもやはり、雨よ雨、という哀れなお婆さんの声は響いて来た。土人たちは、再び引き返した。こうしているうちに、お婆さんの死体は、砕かれてしまって、まるで肉の団子のようになってしまった。けれども呪うような執念深い声は、人の心を震わすように聞こえてくる。人々は不思議そうに、息の根はないし、死んでいるはずだが、と言っていた。いよいよ妖しく思った土人の一人は、じっと死体の側に、耳を立てていた。するとお婆さんの心臓が、ぴくりと動いたと見る間に、雨よ雨、という悲鳴はそこから起こった。はっと思う間もなく、一羽の小鳥は心臓を破って、羽音高く空中に舞い上がった。その小鳥は、畑の上を夜中飛び回って、雨よ雨、と鳴いている。昼間は、じっと隠れていて夜になれば飛び出す。それは、灰色の小鳥で、鸚鵡によく似ている。それが雨鳥と言われているのは、卵を盗まれると、雨が可哀想に思って落ちてくるまでは、雨よ雨、と叫び続けるからである。草も木も彼は天ばかりに旱魃が続くと、土人達はこの小鳥を見つけて躍起になって追い回す。追い詰められた雨鳥が苦しまぎれに、雨よ雨、と鳴くが早いか、今までの青空は出し抜けに暗くなって、やがて大粒の雨が、振り始める。小鳥が、お婆さんの心臓から飛び出たと同時に、転がっていた犬どもの死体は、いろいろ様々な毒蛇に変わった。けれども二匹の小犬は、他の犬のように土人たちにかみつかなかったというので、毒を持たない可愛らしい紋蛇(もんへび)となった。土人たちがよくかみ殺された畑のそばには、いまでも沢山な真っ白い石が、ごろごろ重なり合っている。それは、殺された土人の骨が、石になったものだと伝えられている。

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バイアミーの入会式

ときはよし、全村人の会合を成すべきは、まさにこれを措いて他にはない、人々よ集まれ、来たれ、グーグーレウォン指して、という布令は村から村へと矢のように飛んで行った。老人たちは、この通知をい受け取ると、若い時のことを思い出すように、こういう時は滅多にない、入会式(一人前の若者となるための儀式)には、持ってこいだ、おっと、これは声が高すぎる、女どもに聞かれたら、それこそ大変だ、とお互いに囁きながら、もっともらしくうなずいていた。近隣にその名を謳われた一代の医巫年寄りバイアミーは、並み居る老人たちを見渡しながらさも誇らしげに、自分の息子フィングヒンダーモイーとプーマフーマノウィーも、もう年頃だ。今度の集会には、ぜひとも連れて行かなければならない。早く一人前になって、嫁は勝手に選ぶ、火食鳥の肉は食べる、戦の稽古は存分ならうようにならないことはないだろう、と言った。土人たちは、勢揃いして、約束の場所のグーグーレウォン指して、賑やかに繰り込んで来た。踊り場を取巻いた四方の丘は、思い思いに陣取った各村の土人たちであふれた。燃えている焚火に眼を光らせている鴉仲間、可愛らしい目をくるくるしている鳩仲間、それに続く犬仲間、バイアミーとその仲間の黒白鳥、青舌蜥蜴仲間など、幾千幾万となく霞のように居流れている。やがて歓声が起こると踊りが始まった。歌に踊りに装いに、工夫を凝らした各村人は、こうやって自分たちの趣向を他村の者に誇るのであった。大きな焚火が、節面白い歌の音に、赤々と大きな炎を躍らせている。一夜が明けて昼となると、総勢の狩りでそれから獲物での大酒宴、気持ちよさそうに騒ぎ回っていると、もう日はいつの間にか傾いて、円い月が楽しそうに土人たちの顔を照らし始めている。ご馳走を食べ飽きた人々には、これから踊りと歌との楽しみがあり、家も忘れこの世も忘れて、天国のように楽しい生活に酔っている人たちには、花のような若い乙女と老戦士との間にも、頭は雪のように真っ白くなったお婆さんとうら若い若者との間にも、これから生まれるという少女とお爺さんとの間にも、また抱かれている赤ん坊と凛々しい若者との間にも、或いは熱のある、或いは冗談交じりの親交が結ばれて行くのだった。その話の相談にあずかって、その媒介をするのは、いつでも各村で物知りとして相談相手となる医巫たちだった。ある日医巫は、男たちばかりをひそかに呼び集めて、丁度よい機会だ、入会式を開いては如何だろうか、だが、このこと女たちには知らすのは大の禁物だ、と言った。男たちは、毎日狩に行くと見せかけては、出て行って、ひそひそと入会式の場所をこさえている。式場となる円形の場所は、綺麗に伐り払って、雑草を取り除け、周囲には土提を築き上げた。式場から深い森へと通じている道もまた、二条の土提で、雑草の生い茂った中に浮き出ている。用意が整うと、習慣によって、その夜は踊りを始めた。ほどなく一人の医巫は、皺顔をしかめ、仲間から離れて自分の小屋に駆け込んだ。その影を追うようにして、また一人の医巫がその小屋に飛び込んだと思うと、二人の間には激しい喧嘩が始まった。踊り狂っている土人たちは、 けたたましいこの物音に、一斉に眼を二人の上に注ぎ込んだ。すると風もないのに、あたりの藪は、出し抜けに旋風のように、唸り出した。女たちは、精霊たちが来た、一人前になる子供たちの手助けに来た、と祈るようにつぶやきながら、恐ろしさに青ざめた子供たちをひしと抱きしめて、一緒に震えている。糸の端に丸い木片をつけて振り回すような、物凄いうなりは、ますます大きくなっていくが、それは精霊を恐れおののいている人には聞こえないのであった。震えながら子供を抱きしめていた女たちは、口をわなわなさせて、ガーレーイミー(入会式悪魔)とささやくと、子供たちは、首を母親の胸屈めるようにして、ゲーヤンディーと(入会式悪魔、女たちは子供や男と同じ言葉を使うことが許されない、入会式のような聖礼の神秘については、女たちは、見たり聞いたり話したりすることを、一切禁じられているためである)叫んで、かわいい目にも驚きの色を漂わせている。怪奇に満ちた一夜は明けた。土人たちは、かねてこさえておいた輪形の仕置き上に繰り込むため、いろんな儀式を始めようというのであった。太陽はもう高く昇って、今日の盛んな式を祝うように照らしている。土人たちは小屋をでると、いっせいに足並みをそろえて、藪の中に吸い込まれていった。やがて、今まで空高く登っていた太陽は西の方へ沈んでいった。いままで影も見せなかった人々は、この時手に松明と伐り取ったばかりの生々しい棒とをかざしながら、あらかじめこさえておいた一本道を一例になって、輪形の式場へと繰り込んで来た。女や子供たちはもうすっかり前の小屋を引き払って、この輪形の式場の中に新しい小屋をこさえて、ご馳走の山、賑わしい踊りの用意に静かたち働いている。数ある医巫の中でも、飛ぶ鳥も落とす勢いを持っていたバイアミーが、その恐ろしい力を現わすのは、実にこの時のことであった。始めからこうした医巫たちを蔑ろにしていた犬仲間の者どもは、その仰せをかしこんで行うどころか、一番尊いと言われているこの儀式も花であしらうように、あたり憚らず騒ぎまわっていた。医巫たちは、額に皺を寄せて、幾度となく注意してやると、なにいってやがる、と犬たちは、軽く受け流して、声も高らかに笑い興じていた。癪に障ったバイアミーは、起き上がって、犬どもの小屋へ近づいて行った。そして、このバイアミーが注意して三回目になる、しかし一向に静かにならない、自分の命令には全医巫の声が加わっている、お前たちは若者を一人前にするのがいやだというのか、今後お前方はものを言うこともできないようにしてやる、早速お前方も子孫も舌の続く限り、しゃべらなければならないようにしてやろう、しかし物は語らないように吼えるようにしてやろう、仮に物を言っても、聞いた人は見る間に石になるようにしてやろう、と底力のある声は、凛として犬どもの耳を叩いた。睨みつけた奥深い眼の底には、燃ゆる火のような怒りが、ぎらぎらと光っている。頭から馬鹿にしてかかった犬どもは、バイアミーを嘲り倒してやろうと、声高に笑い出そうとしたが不思議と舌は固くなってしまって、動かなかった。ただ唸りながら吠え立てるばかりであった。こうして犬どもは、ものいう力も笑う力も、なくなってしまった。たちまち犬どもの眼には、寂しい黙った哀願のまなざしが現れた。それはこれかr犬となって生まれ出るものの眼にも、いつまでも取り去ることのできない眼差しとなった。この有様をじっと眺めていた人々には、頭から抑えられるような不思議な力を感じた。苦りきった顔をして小屋に戻って来たバイアミーは、腰を下ろすと、女たちに、ズーンバール(パン粉、草の実を粉にしたもの)を碾かなかったのか、と尋ねた。女たちは不思議そうな顔をして、石臼がないじゃありませんか、いったいどこへいったのだろう、聞き返した。バイアミーは、いつも借りに来る鳩たちに貸したんだろうが、あれほど貸すなといっておいたのに、と聞きただした。女たちは、バイアミーに黙って貸すわけないと答えたが、バイアミーは言い訳はいらないから、そんな暇があったら、鳩たちの小屋へ行って、取り戻してくるように、と言った。石臼を貸した覚えのない女たちは、それでもバイアミーの恐ろしい力に恐れて、すごすごと脚を運ばせて行った。女たちは、血眼になって小屋ごとに聞きただしていった。けれどもどの小屋もどの村も、その石臼がどこに行ったのかわからなかった。それは鳩たちが借りて歩いたが、そのたびごとに断られた、しかもいつの間にか石臼はかき消すようにその姿を隠していた。冷たい夕風は、そよそよと身をかすめて行った。野も山も次第に寂しくなってきた。悲しくなった女たちはなお歩き廻っていると、精霊の叫び声のような、うーん、うーんという火との心をなだめる声が、樹木の頂をかすめて高く空から聞こえてくるかと思うと、藪のように乱れ繁った草の中から響いて来た。日はとっぷり暮れ果てて、夜風は魔物の手のひらのように、ひやりと顔を撫でて行く。襟首迄ぞくぞくしてきた女たちは、燃えている松明も高くかざして、皆さん帰りましょう、急がないと精霊たちから食われてしまう、と言うが早いか一散に小屋指して逃げ帰った。薄気味悪いうめき声はなおも女たちを追うようにして、空からも草の中からも聞こえていた。バイアミーの所にあわただしく駆けこんだ女たちは、青ざめた顔に眼ばかり動かして、怖かった、私たちは決して嘘つきではない、やっぱり誰に尋ねても石臼の行方を知っている者は誰一人いなかった、さらには精霊たちが唸りながら追っかけてきた、この小屋の裏手にも恐ろしい声が聞こえる、と打ち震う唇を押し開くようにして語った。女たちは恐ろしさのあまり一緒に固まって、打ち伏していた。バイアミーは大きくうなずき、固く結んだ口元を照らすほど高く松明を振りかざして、声のする方を見やった。死んだように静まりきった暗闇の中からはうすら寒い微風が面を流れた。こつこつという怪しげな物音は、出し抜けにバイアミーの鋭い耳に響いた。途端に二つの石臼は、動かす人もいないのに、闇の中へ逃げて行った。草木までもおののくような、うめき声は、石臼の影が次第に薄くなるにつれて、声高になって行った。今まで静まりきっていた空気までが、恐ろしい精霊の声に震い始めた。バイアミーは、石臼の姿を見失うと、松明を振りかざして、小屋の中へ戻って行った。魔物のように恐ろしい一夜が、朝風に吹き明けると、ここに、また新しい不思議が持ち上がった。それは、すべての石臼がなくなったというばかりでなく、鳩たちはどこに行ってしまったのか、小屋の中は空っぽになっていたことだった。どこに行っても石臼を貸してくれないのにむかっ腹を立てた鳩たちは、こうなっては仕方がない、命をつなぐには、精霊たちから石臼を貰うよりほかはない、とつぶやくと、出し抜けに一つの石臼が、転がってきた。鳩たちは、これ見よと言わんばかりに自分の力を誇っていた。するとまた一つ、ころころと転がって来た。こうして石臼は、闇の中から転がり込んで来ては、気味悪く唸りながら、また闇の中へと消えて行った。鳩たちは、あれは精霊たちの仕業だ、石臼は闇の中から手招きしている。早くついて行かねば、わざわざ石臼を案内によこした精霊たちの祟りが恐ろしい、と驚きのあまりぼんやり突っ立ったまま、心の中に頷いていた。手早く身支度を整えた彼らは、逃げる石臼を追うようにして、その跡をたどった。石臼は裳(もすそ)を引くような音を立てて、洪水の時はたちまち河になってしまうという火食い道を滑りながら、グーグーレウォン(森林地)からギッラーウィーン(花草原)を通り抜けてダーランジビッラーへと進んで行った。鳩たちは闇の中に皿のような眼を光らせながら、懸命にその後をつけて行った。ダーランジビッラーというのは、ブリューワリッナとウィッダ・マールチーとの間にある。丁度ここまで来ると、今まで脇目もふらずに進んでいた石臼たちは、はたと脚をとめて、見る間に山のように積み重なった。これから立派な石臼の欲しいものは、ぜひともここまで取りに来なければならないと言うのも、こうしたわけから起こったのだった。同時に魅せられたように後をつけてきた鳩たちは、精霊のうめき声のような声を立てて、いきなり人間の姿から本当の鳥になってしまった。この大入会式の集いで起こった不思議は、ただこればかりではなく、ここにまた新しい事が起きた。青舌蜥蜴の仲間たちは、同じように他の仲間から少し離れた所に屯していた。人々の噂によると、見知らぬ人が彼らの小屋を訪れると、酋長は怪しい光を投げかけて、落雷に打たれるように殺してしまうという話であった。人々はこうした怪しいことを耳にしては、はて、あの怪しい光の正体、いったい何だろう、と口々に話し合っていた。これを聞きつけた鴉のウェーンが、仲間たちに向かって、今日こそ、その正体の知れない怪しい光を見届けよう、自分には堅い大楯がある、みすみすやられることはないが、皆は危険だから後から離れてみているがいい、といった。大胆なウェーンは大楯むずと右手に掲げて、評判の青舌蜥蜴の小屋の前に立った。ぎらりと煌めいた妖しい光に、早くも身の危急を知った彼は、大楯にかざすが早いか、素早く身をその陰に潜めて、人を抑えつけるように底力ある声で叫びたてた。酋長は途端に驚き飛び上がって、驚いた、ウェーンとは知らずにうっかりやっつけてしまうところだった、と言って手にしていた怪しい光を、覚えずぱっと落としてしまった。ウェーンは、だが自分はこのままじっとしてはいられない、すぐ家に帰らねばならない、せっかくお前のお目に掛けようと思ってたものを、忘れて来たのだ、またじきに戻って来る、と楯の陰からこうした言葉が聞こえたと思うと、酋長に気づかれないようにそっと抜け出たウェーンは、残しておいた武器を手にするなり、いつの間にか待ちあぐんでいる酋長の後ろへ忍び寄っていた。巌を叩くような声が聞こえたと思うと、ウェーンの足元へ倒れたのは、まぎれもなく妖しい光の力で幾多の人の命を取っていたあの酋長の死体だった。からからと打ち笑ったウェーンは、重そうな武器を二、三度名残惜しそうに打ち振るうと、揚々として引き上げて行ったのであった。その夜、燃え盛る焚火に輝かしい眼を光らせながら、まず踊り始めたのは、一人前になろうという若者の身寄りの女たちであった。夜の静けさを破る歌の声、叩く音、踊る響き、ばちばちとなり渡る焚火の歓声、酔い狂った女たちは、踊りに踊りぬいた。ほどなく木の間が、白絹をかけたように明るくなってきた。太陽は微笑みながら、木や草や小鳥たちの眼を覚ましてやろうという頃となり、若い女たちは、ほとほとに疲れた足を引きずって、輪形の土手の外を取巻いている樹枝でこさえた小屋にと引き込んだ。踊り場は、水を打ったように一しきり沈み果てた。後には、お婆さんたちが、夜露に打たれながら、まだ居残っていた。司会者の厳かな声が、皆さん、銘々受け持ちの子供を連れて、早く藪の中へ行くようにと、冷たく聞こえた。一人前となる子供たちの保護者他t5位は、子供たちを肩に担ぐと、静かに輪形の式場の周囲をめぐり始めた。司会者の声は、お婆さん方、しばしの別れが来た、かわいい子たちに別れを告げて、小屋に引き上げるように、と再び司会者の厳かな声が響いた。選ばれた五人ばかりの男たちは、いちいちお婆さんたちを見守りながら小屋に入ってしまうと、式の神秘を見られないように、厳重な戸締りをしてしまった。女たちは、こうして重々しい樹の枝でこさえた戸の下に、閉じ込められてしまった。時々木の葉が、音を立てて、落ちている。帛を裂くような足音が薄くなるにしたっがって、子供担いだ男たちの姿は、森の中へと吸い込まれて行った。じっとこの有様を見届けていた五人の男たちは、すっかり子供の姿が見えなくなると、閉じ込めて置いた扉を開いて、女たちを出してやった。墨を流したような暗黒の森の木蔭では、いまどんな不思議な、怪しい入会式が行われているのであろうか。静かに自分たちの小屋に納まった女たちは、轟く胸を押さえながらも、ただ黙ったまま成功を見ているよりほかはなかったのであった。やがて数か月後になって、あるいは前歯一本を抜かれ、或いは体の一部をそがれた子供たちの姿を見たら、どのくらい驚くことであろう、あるいはそれ以上にこうして一度森に入り込んだ子供たちは、森を出るまで女たちには決してあわされないと言うことも、女たちにはわからない。大式場から十マイルか十二マイルぐらいの所には、小式場が設けてある。四日ほど内には、この式場開きがあるので、今日はそれに向かって出発しようというのである。輪形の踊り場を回っているのは、土手ではなく、草が植え付けてあるところで、乗り込んでくる土人たちは、ここに小屋を据え付けて、踊りを開くことになっている。大式場で若い女たちが早く小屋の中へ閉じ込められて、居残っているおばあさんたちに別れを告げると、子供たちは、この小式場へと連れてこられて、いよいよお婆さんたちと最後の言葉を交わすことが緩さ有れている。こうして別れた子供たちは、めいめいの保護者に連れられて、暫くの間は大勢一緒にいるが、間もなく蜘蛛の子を散らすように散り散りになる。この間は、母親の顔を見ることもできない。山のの露に起き伏した子供たちは、六か月がたつと、懐かしい我が家へ帰って来る。けれども母親を離れて、父親を離れて、野露に曝されて雨に叩かれたこの間の生活は、おとなしい内気な子供たちを獣のようにしてしまい、母親の地合いも忘れさせてしまう。お母さんはなつかしさのあまり、嬉し涙を流しながら子供の側へ走って行くと、子供は、初めて人間というものを見たように、恐れおののきながら逃げ回る。子供の心は、日一日次第に変わって行く。けれどもバイアミーのこの入会式では、小式場でも子供たちに別れをすることは許されない。人々は、小式場へ出発するため忙しく立ち働いていると、寡婦のミリンズールーナッバーお婆さんが、慌ただしく駆けこんで来た。お婆さんは、お前さん方の図々しいこと、子だくさんの寡婦だって人を馬鹿にする、どうせ、私たちを邪魔者扱いして、遅らせる気だろう、子供の小さい足はお前さん方に及びっこない、それとも、私の背に二つ三つも籠を担ぐことができるとでもいうのか、まったく人を馬鹿にしている、どうしてこんなたくさんの足手まといでついていくことができるというのか、手助けしようという情けぐらいありそうなものだが、子供たちは、乾ききった喉も破れんばかりに泣き叫ぶ、水は飲みたいし、苦しい思いで、水たまりに来て嬉しいと思えば、水は汲み乾かされて、残っている者は泥ばかり、私は腹が立って癪に障らずにはいられない、口惜しさに飲み下す唾もなくても泣く子にせがまれれば、次の水たまりへ行かなければならない、私はない勇気を振るって覗き込んだ、よくもまあ、汲み乾かしたな、一滴も水のない泥ばかりとは、お前さんたちのようながりがりにはわかるまい、私は重い足を引きずって、生き絶え絶えの子供たちに、せめて末期の水なりと飲ませてやりたいの一心で、泥ばかりの水たまりを、漁り歩いた、可哀想に子供たちは苦しそうに喉を詰まらせて悶え死んだのだ、ほんの一滴の水がないばかりに、思い出してもいまいましい、と拳を握りしめ、わなわなと口を震わせながら、怒り立っていた。すると出し抜けに、一人の女が、小さい舟形の木皮に水を入れて走ってきた。女が、遅かった、子供は死んでしまった、母親としてどうして生きていられよう、と叫んだと思うと、お婆さんは、一声重々しくうなると、どっと倒れてしまった。が、注がれた水に焼け舌が潤い冷たくなって、ほっと夢心地から醒めた彼女は、あらん限りの力を両足に込めて、よろよろ立ち上がるが早いか、胸の呪いを指の先に集めたように、手を打ち振りながら小屋の周囲を回り始めた。お婆さんは畜生、お前たちは人を突き飛ばして、ここまで急いで来たな、それなら、ここにじっといさせてやろう、いつまでも、木になれ、木になれ、とお婆さんは叫ぶと、最後の息を引き取るように、再び倒れてしまった。すると同時に輪形の式場の周囲で、荷拵えしていた者、いまにも出発しようと急いでいた者、お婆さんの妖しい手つきに指刺されたも者は、みなたくさんな樹木に変わっていた。いまでもこれらの樹木は、そのときのままに立ち並んでいる。後の方にいた者たちは、その名前通りの獣や鳥に変わった。大式場の設けられていたところは湖となって、物凄いほどに真っ青な水がよどんでいる。水の辺りに高くそびえている細長い樹木の群れは、吹く風に何を泣くのか、さも悲しそうにむせびながら、湖面を覗くように広がっている枝を、揺り動かしている。それは、いまに今にもグーグーレウォン(樹木の住処)と呼ばれ、それの周囲に残っている土の提は、盛んであった入会式の昔を憶わせている。ここはまた、昔の土人の名を持っている鳥たちの大集会所だとも言われている。黒白鳥たちは、水に写る木陰を分けながら、楽しそうに泳ぎ回っている。ペリカン鳥は、これ見よと言わぬばかりの美しい羽を真っ青な水鏡に映しては誇っている。冷たい水を頭から浴びて、さも嬉しそうに泣いているのは鴨の群れで、日向の毛氈のような緑の草原には、青舌蜥蜴たちが、喜び戯れている。鳩は、梢にしょんぼり止まっては、今に可哀想な声を立てている。寡婦のミリンヅールーナッバーは、木になれと呪わしい声で、呪い続けている。すると呪われの木々は、これにこたえるように、悲しい響きを建て始める。こんもりと茂った黄楊の小枝は、この哀れな声におののくのか、ざわざわと妖しい音を立て始めると、湖畔(こはん)に面を垂れているすべての木々は、みなしくしくと泣き出す。謎のような湖に隠された呪いの一念は、こうして木を鳴かせ水面を震わせて、いつまでも続いていくことであろう。けれども小式場に言っていた男や子供たちは、こうした禍から、幸いに免れた。そして後からくる仲間や女たちを首を長くして待ち構えていた。人々はようやく怪しみ始めた。バイアミーは立ち騒ぐ土人たちを、手で制しながら、これは確かに大勢の敵にでもやっつけられたに違いない。私たちに知らせにくる者もないのから見れば、よほど手痛く踏み込まれたものと見える、恐ろしい大敵は、足跡を辿って追ってくるに違いない、みなの者ためらう場合じゃない、私たちはこれから遠い遠いところへ逃げ落ちるのだ、先に私が立つ、皆の者は続け、と言った。潮のような土人たちの群れは、ヌーンズーさして、どっと駆け出した。足の速い者は、風のように、足の鈍い者は苦しさのあまり脇腹を抑えて、転がって行く。罵る声、騒ぐ声、駆け足の音は、天に響き、地にうなり、雷のように轟き渡った。バイアミーの側から、苦しい、もう駄目だ一歩も歩けない、水をくれ、と突然にけたたましい叫び声が起こった。そこには、バイアミー仲間の犬が、苦しそうに呻きながら、大地に倒れている。叱るようなバイアミーの声が、しっかりしろ、歩けないなら転がれ、と切るように響いた。犬は、白目むき出して、再び駆け始めた。流れる汗で煙かけていた眼に、ヌーンズーの泉を見たときにはどんなに喜んだことだろう。息絶え絶えに走ってきた犬は、ああ、旨そうな水、もう歩けるものか、とそばの藪蔭へ転びこんだ。すると出し抜けに子犬を産み落とした。生まれた子犬は豚の頭を持った犬で、生まれ落ちたときから悪魔の猛悪と力とを持っていた。ヌーンズーの藪に迷い込んだ人たちは、みなその毒牙に肉を裂かれて、二度と帰ってきたものはなかった。さしものバイアミーさえ、その後この藪を訪れる勇気はなかったくらいだった。医巫の頭バイアミーは、いつまでもいつまでも死ななかった。だが、一度でも男にその顔を見られたら、死んでしまうと言う。で、人里離れた遠い遠いヌーンズー山中の奥に、医巫の王様バイアミーは、静かな生活を楽しんでいる。

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怠け者と働き者

蠅と蜜蜂とは親戚同士で、同じ一軒の小屋に住んでいる。働き好きの蜜蜂は天気が良くて、たくさんの鼻がいい香りを送っていると、骨身を惜しまずに食べ物を集めてきては、飢饉のときの用意に、蓄えておいた。怠けて遊ぶのが何より好きな蠅は、暇さえあれば、汚い食べ屑の周囲を、涎を流しながら、飛び回って、食べ物を蓄えることなど薬にしたくも考えたことがなかった。ある日、蜜蜂は言っきそうな眼を輝かせながら蠅に、今日は一緒に蜜集めをしよう、汚い食べ屑に涎を流すのが、能じゃあるまい、あの嫌な木枯らしの奴が、無様な手でかき回し始めたら、優しい花たちは恐れ戦いて、みんな死に絶えてしまう。自分らの命の糧である美味しい蜜は、どんなに食べたいと思いを焦がしても、それは後の祭りだ、とダルそうな目つきをした蠅たちに話した。蠅たちは、取り越し苦労をするな、木枯らしがなんだ、冬がなんだ、花がなんだ、その時はその時で、腹薬暗いなんとかなるだろう、と折角の蜜蜂の親切を無にした蠅たちは、こう花の咲きであしらいながら、いつものように、腐れ罹った食べ屑や、鼻もちならぬ臭い食べ物を見つけたは、遊びまわっていた。怠け者のkじゅせに人の懐ばかりあてにしている蠅どもは、鼻水を垂れ、汗水を流して蜜蜂がせっせと働き蓄えた蜜を、せがんでも食べてやろうと思っていたのであった。勤勉な蜜蜂たちは、なんとも言わないで、生えた地を後に残して出て行った。暖かい太陽は、花を和かな光で静かに撫でていた。そよそよと咲いてくる風は、咲きそろう花たちの面をかすめて、その良い香りを盗み去っていく。晴れやかな心の蜂たちは、黒々した眼にいい綺麗な歓喜を讃えながら、花から花へと飛び歩いては、美味しい蜜をすい集めていた。そして怠け者の蠅たちが、すっかり嫌になったので、もう二度とその家に帰らなかった。やがて人間から昆虫になった蜜蜂は、いまでも咲きそろう花から花へと、忙しい音を立てて、働き続けている。昆虫になっても怠け者の蠅どもは、汚い塵溜めを漁って歩いては、人の嫌がることばかり働いている。

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兵士鳥

元気な若者の時代にはその名も響いていた狩人の兵士鳥も、白髪混じりの年頃になると、二人のお嫁さんと二人の娘とを養っていくだけでせいぜいというありさまだった。鷲鷹たちが狩猟に行くと聞けば、いつも山奥の古家から、慌ただしく出かけていく。こうして大勢の者と一緒に行けば、弱腰のお爺さんでも、手助けしてくれるものがある。あるとき鷲鷹たちの出発に遅れたおじいさんはいかにも残念そうな顔をしながら、死絵から少し離れた所の藪に、彼らの帰りを待ち設けていた。やがて太陽も西の破蔭に沈もうと言う頃、勇ましい足音とともに、にぎやかな歌声が次第に近づいて来た。それは、まさしく巣ごもりの火食鳥を見つけたときに、家路を急ぐ人たちが歌っている、『巣ごもり火食鳥の歌』だった。これはうまいことがある、しめたとじっと待ち受けていた兵士鳥は、躍り上がるとさも自分の巣を見つけ出したように声高々と歌いながら、先手を打って鷲鷹たちの村指して、足を急がせた。勝ち誇ったような人々の歌声に誘われて、小鳥たちも楽しそうに歌い続けていた。
額の白条、そはそは、何ぞ
見る眼も嬉し、火食鳥の姿
かしこの青葉踏み分け見れば
我らの胸は、喜び踊りぬ
日向煌めく、真昼の下に
輝く白条、揺らぐを見れど
巣籠りの姿、誰をか知らむ
やよ、やよ、蟻よ、心せよ
触れるな、寄るな、近寄るな
妙なる卵は、朽ちるぞかし
歌声は山に響き、森にこだまし、その節面白い調べには、樹木まで膝を乗り出した。かすかに波のように聞こえてくるこの愉快な叫びを聞いた村人たちは、もう嬉しさに胸をわくわくさせている。家路を急ぐ人々の耳に、ゆらゆらと聞こえてくるのは、喜び歌う村人たちの歌声だった。一日の狩猟を終えた人々は、手を振り足踏みも面白く、村へと踊り込んで来た。不意にそばを見ると、いつの間にか兵士鳥もやって来ている。お前さんも火食鳥の巣籠りを見つけたのか、さっきの歌は、お前さんの声のようだったが、と聞かれた兵士鳥は、さも得意そうに、今日は、珍しい宝を見つけた、お前さんもあの嬉しそうな歌声は見つけたようだな、自分があの宝を見つけたときには、別にお前さん方の足跡もなかった、お前さん方は鷲の後に同じものをみつけたんだな、寄る年波は争われなぬ、近頃は老いぼれて何もできない、帰る家路も、お前さん方の足には、及ばないのも道理だ、してその巣というのはどこにあったのだ、と凋み込んだ口を尖らせるようにして尋ねた。鷲鷹たちは相変わらず笑ったまま、野原の端に茂っている黄楊林の中だ、と答えた。兵士鳥は、やっぱりか、それは自分の見つけたものだ、しかしはてはどうするかな、自分が欲張るとは言わないから、今晩は網を持って行って、そっとあの近くに番をして、明日火食鳥をとっちめてやろうではないか、と鷲鷹たちを口車に乗せて、いままでの俄な喜びはどこへやら、幅五フィート長さ二百ヤードから三百ヤードもあろうという細糸こさえの網をもって、兵士鳥と一緒にあわただしく出かけた。沈み果てた草をかき分けて、人々が巣の近くに忍び寄ったときは、もう日もとっぷり暮れ果て、お月様が、銀のように木の葉を、照らしていた。夕食を食べると、その夜は火食鳥の御馳走の前祝いに、心ばかりの踊りが開かれることになっていた。ほどなく真っ赤な大きい太陽は草陰から登り始めた。葉末の露は、色とりどりな玉のように、ぎらぎらと光っている。人々は太陽に負けてたまるものか、と持って来た網を一方の口を開いた三角形に張った。棒でしっかりと支えた網近くの草叢の中からは、土人たちの眼が、朝露のようにぎらついている。こうしてすっかり用意が整うと、一組の土人たちは、網の方に向けて一方を開いた半円形に、火食鳥の巣を取巻いた。彼らは、しめたぞ、とときめく胸を押さえながら、次第に巣真近に迫って行った。けたたましい叫び声に朝寝の夢を破られた火食鳥は、眠い目をこする間もなく、飛び立ったかと思うと網の口指して飛び込んだ。激しい羽ばたきの音、苦しそうな叫び声、土人たちの完成が上がったときは、さすがの火食鳥も、その首をしっかと絞めつけられて、だらりとその大きな体を横たえていた。狂ったように喜んでいる一人が、これは大きい、こりゃ旨いぞ、まだあの巣の中には、卵がある筈だ、取ってきたと叫ぶと、巣の中に入り込んだ者たちは、生みたての見事な卵を持ってきて、燃え落ちた焚火の灰の中に入れた。気持ち良い音を立てて焼き返った大卵の味は、舌もとろけるほどおいしいものだった。ほっとひと元気ついた人々は、大きい穴を掘り下げて、たくさんな炭火をそのそこに入れ、その上に小枝、摘み取った産もうと順序よく重ね、丸裸にされた火食鳥を載せると、さらにその上に羽毛を積み重ね、小枝、炭火と積み重ねを終わって、すっかり土で覆いかぶせてしまった。見守っている土人たちは、肉の焼ける音、くすぶり出る煙を見て、さもほしそうに喉を鳴らしている。これを一緒に眺めていた兵士鳥は、うまそうな香りがする、出来上がるまでにはだいぶかかる、料理の方は、自分がうまくするから、若い人たちはこれから大槍(ムーヌーン、特に火食鳥狩のための槍)を持って、もう少し火食鳥でも探してきてはどうだろうか、と並居る者にむかって言った。人々は、それはお前さんの言われるとおりだ、これから出かけて一働きしてこようじゃないか、と口々に言いながら、二本の長槍を取り出した。穂先には、たくさんな刻み目がつけて遭って、一度火食鳥の体に刺さったら、もう容易くは逃れられないようにできている。蒼白く光っている穂先を、火食鳥の羽毛で隠すと、人々は、勇んで出て行った。火食鳥どもが、水のみに来た、と一人が素早く指さすほうに、いまたくさんな火食鳥が疑い深そうな眼を輝かせて、だんだんと近づいてきた。大槍を持った二人の土人は、猿のようにするすると樹に登ると、折り取った小枝で足元を覆い隠し、今か今かと待ち構えていた。草を踏みにじる妖しい足音は大きくなってきた。頃は良しとみて取った樹上の土人が、しっかりと握った大槍を、つと付きだすと、槍先を隠した火食鳥の羽毛は、招くようにひらひらと揺らめいた。おかしなものが見える。あれは仲間の物だ、と目ざとく見つけた火食鳥たちは、槍の真下に寄り集まって来て、長々と差し伸べた首の先で、槍の穂先をしきりに嗅ぎ始めた。出し抜けに凄まじい掛け声が響き渡った。木の葉が、ぱらぱらと音を立てて散って行く下には、いま大槍の穂先に刺された一羽の火食鳥が、朱に染まってうち斃れている。物凄い羽音にもうもうと立ち上る砂煙の中を、なお一羽の火食鳥は、串刺しの槍を担ったまま逃げ出したが、ものの数歩も行かぬ間に、追いすがった土人たちに、殺されてしまった。土人たちはこの見事は肉つきを見てくれ、これを丸かじりしたら、歯の奴が踊りだすに違いない、一刻も早く帰ろう、もう料理も済んでいるころだ、と重そうに担いで帰って来た土人達が嬉しさに心を躍らせながら、右に左に西に東に立ち働いているうちに、庭の料理もすっかり住んでしまったので、楽しそうに鼻唄などを歌いながら、帰ってきた。疲れた足も宙に、飛び踊っている者もあれば、飛去来器を飛ばせては騒いでいる。道々何か試案部火葬に考え込んでいた兵士鳥は、何を思ったか、有頂天になって喜んでいる若者たちに向かって、面白そうだ、お前さんの投げ方はなかなかうまいぞ、見事な手並みだ、さあ、誰が一番上手かな、いや、大分上手な人もいるに違いない、若い時はずいぶんと日の暮れるのも忘れて競争したものだが、とても今どきの若者には及ばない。ああ、その火食鳥料理をこちらへ寄越してくれ、お前さんばかりそれを担いで見ているばっかりじゃかわいそうだ、心配せずに一つ手練れをみせてやれ、と言った。競争好きな若者たちは、すっかり乗気になって、おじいさんに料理を手渡すと、一緒にわいわいと騒ぎながら、歩んで行った。飛去来器を投げるたびごとに、若者たちは、駆けたり飛んだり、夢中になっていた。すると、今まで料理を担いでいたおじいさんは、草原に腰を下ろしてしまった。若者たちは、別に気にもかけないで、勝負を争いながら、ぐんぐんと進んで行った。ふと後に取り残したおじいさんを思い出した彼らは、遥か後の方を振り返りながら、おじいさん早く来ないかね、と呼びかけると、彼は、頭を打ち振って、心配しなさるな、ちょっと休んでいるだけだ、今すぐに参るから、構わず、行ってくれ、と嗄声を上げて答えた。胸に一物ある彼は、楽しそうに打ち騒いでいる若者たちの声が藪の向こうに帰依てしまうのを見計らって、まるで若者のように元気よく跳ね返るなり、火食鳥料理を引きずるようにして、少し離れた、とある穴の中へと飛び込んだ。入口の扉は、ぐいと異様な音を立てて、また元のように閉じてしまうと、もう表面からはさっぱり分からなかった。それは、大灰蜘蛛の棲家であったので、兵士鳥の家に変えるには、素敵な逃げ道だった。極楽の一丁目、奴らの泣き面が見てみたい、とおじいさんはにやりとほくそ笑み、料理を担いで、地下の穴の中をどんどん走って行った。長い長い道程も、面白そうに騒ぎまわって行く若者たちには、なお物足らないような気がする。村へ帰ってきた人々は、あの頑固爺もへたばったと見えるな、今頃は、あの料理と相撲している、などと、口々に話しあいながら待っていたが、おじいさんは、いつまでたっても帰ってこなかった。暫く慌てだした若者たちは、あわただしく自分たちの足跡をたどって探し始めた。樹々を流れ、草原を伝う叫び声は、寂しく反響して呼び返すばかりだった。しおしおとだるそうな足を引きずって戻ってきた人々の姿を見た酋長は、自分の鋭い眼に賭けても、奴の在所を突き止めてやろうと言い様に楯、槍激しくものの具で身を固めると、飛び出した。駆けつけたところは、おじいさんが疲れて座り込んだ、あの草原だった。おじいさんの足らしい踏みまわった跡が、そこから向きを変えて、少し進んでいくと、まるで、幽霊のように消え去っていた。酋長は、耳を立て眼を太陽のようにして、くるくる回り始めた。けれども大灰蜘蛛が、頭一杯の知恵を絞ってこさえた地下の逃げ道の扉は、しかと閉ざされて、雨露も漏らさなかった。彼は槍をかざして、藪の中を探して行くと、遥かの木蔭に、一軒の小屋が見つかった。ずかずかと近寄った彼は、懸命になって遊び戯れている二人の乙女を見て、これは兵士鳥のお嬢さんお父さんはどこ、と顔の半分に笑みをたたえて尋ねると、お父さんは今日は狩なの、と口を揃えて答えた。酋長は、お父さんはいもどちらの道から、帰ってくるのか、と尋ねると乙女たちは、お父さんはそこの扉からいつも出てくる、今にお父さんも帰る、と乙女たちは、何気なくこう言いながら、逃げ道の扉を指して見せた。酋長は続けて、お母さんはどこか、と尋ねた。乙女たちは薄紅さした唇を開いて、お母さんは蜜や芋採りに行ってしまった、と言うが早いか、低く這った一本の樹に駆け登った。眼をくるりと動かして一人何か頷いた鷲鷹の首長は、幹が一番高くなったところの真下に立って、上の乙女を見上げながら、一番高いところから、ぽんと飛び降りてごらん、それは、風に乗って月様の世界へ飛んで行くように気持ちいいよ、おじさんが大きな手で抱っこしてあげるから、一人ずつだよ、と言った。酋長は、毛むくじゃらの双の手を大きく拡げて、今にも落ちてくるのを、抱き留めてやるようなしぐさをしている。一人の乙女はぱっとばかり幹を蹴り立てて、飛び降りた。そのとき下に待ち構えていた酋長は、出し抜けに風よりも早く、ひらりと身をかわした。地響き立てて、大地へたたきつけられた乙女は、その場に息絶えてしまった。樹上にいた乙女は、帛を裂くような叫び声を立てた。酋長は、震えている小雀のような乙女の姿を見ると、気味悪い眼を光らせて、いまのはあんまりひどすぎる、今度は注意するんだ、おじさんが下から合図するまではそこにじっとしてお出で、とさも親切そうに言った。もう一人の乙女は飛び降りるのは嫌、といったが、酋長は、飛び降りてごらん、今度は、この通りおじさんがしっかりと身構えしているじゃない、ね、早く飛び降りてごらんよ、と言うと、乙女は、怖いと言ったが酋長が、もう一人のお嬢ちゃんより勇気がない、飛び降りて御覧、落っこちたらそれはふんわりして気持ちいいよ、と酋長が言いながら乙女の顔を見て人槍と笑った。乙女は、とうとう飛び降りると見る間にそのまま死んでしまった。鷲鷹の首長は、大地に横たわっている無惨な二つの骸を、冷ややかに見やりながら、これで第一の仕事は片付いた。もう母親たちの帰ってくる時刻でもある、第二の仕事は、母親たちの口を開かないようにしてやることだ。奴ら、娘たちの死に様を見たらどのくらい驚くだろう、あの爺の野郎が、けたたましい叫び声でも聞きつけたら、と独り言を言いながら、一本の大木の幹に津富を寄せて、じっと槍を構えていた。やがてそわそわと通りかかった母親たち二人も、利鎌(とがま)のようにすごい槍の穂先に貫かれて、その場に倒れてしまった。ざまみろっと血糊にべっとりとなった槍を掲げた彼は、乙女った力教わった穴の口の所に身を潜めて、扉をぐいと睨みつけていた。ことことと穴をたどってきたおじいさんは、出口に来ると、曲がり背を伸ばして、ほっと一息ついた。睨み詰めていた謎の扉は、鰐の口のように、お供なくぽかり開いた。すると一片の料理肉が、ぽんと飛び出てきた。酋長が、すかさずその肉片を横へ取ると、おじいさんは、かわいい娘が取ってくれたものと思って、再び肉片をぽんと投げ出した。第三の肉片が飛び出てくると、やがてぬっと現れたのは、おじいさんの禿げ頭出会った。飛び出たお爺さんは目の前に突き付けられた物凄いやりに面食らって、たじたじと後ずさりした。だが、扉は、もう巌のように固く締まっている。前には、血に飢えたような穂先が、魂も吸い取ってしまうように、ぎらぎらしている。おじいさんの顔色は、みるみる真っ青になって、頭の中は、水車のように回り始めた。酋長は、よくもご馳走を盗みやがったな、娘たちはとっくの昔に血祭に挙げてやった、今度は汝の番だ、と頭の上から雷を浴びせかけられたお爺さんは、恐る恐る見回すと、腹這った樹の下には、乙女った血が歯を噛みしめて横たわっていた。お爺さんは、息も絶えんばかりに唸った。体全体が崩れ落ちんばかりにがっかりしたお爺さんは、力なく頭をもたげて、再び見回すと、すぐ近くに朱に染まったお嫁さんたちの骸を見つけた。お爺さんは、娘に妻たちまでも、酋長の肉は、みんなここにある、どうかこの老耄(ろうもう)を可哀想だと追って、助けてくれ、もう、二度と盗みなんかしない、自分が盗み心を起こしたのももとを言えば、この妻や子供たちが可愛いからで、この老い心を察してくれ、命だけはお助けください、と老のくぼんだ眼の奥底からは、涙が流れ出ていた。頭から叱り飛ばした言葉が終わらぬ中に、刺し通されたお爺さんは、どうとばかりうち倒れた。酋長は肉片を担いで村指して走り去った。その夜は、久しぶりの御馳走を中にして、全村人の大酒宴が始まった。燃え上がる焚火は、喜び騒いでいる人々の顔を、真っ赤に照らしている。時々誇らしそうに聞こえてくる大きな声は、酋長の功名話だった。口々に酋長の勇敢を褒めそやす声が、そのたびごとに響いていた。

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風物語

木の葉が、悪魔の手のように冷たい冬風にぱらぱらと散り始めると、鬣蜥蜴は、おびえるようにこそこそと砂の中の棲家へ潜り込む。黒鷲鷹は、自分の巣へ逃げ込んで、じっと息を殺している。砂の中に逃げ込んだ蜥蜴は、深く穴を掘りながら、自分の後を埋めていく。柔らかい春風が冬を吹き飛ばして、あたたかな女神のような手で描くまでは、彼らはこうして目をつぶり、口を閉ざして、土中の棲家へ隠れている。干からびた冬の空を、我物顔に荒れ回る雷たちを、まず追い払ってくれるのも、情け深い春風だった。雷たちが春風から攻め立てられ、唸りながらもがきまわっていると、蜥蜴は遥か大地の下でこれを聞いて、つぼみたちが大分苦しんでいるぞ、春はもうすぐそこに来ている、と言っては、そろそろ隠れ家を離れる支度を始めている。程なく春を祝うような楽しいさえずりが、百舌鳥(もず)の口から聞かれる。
春は嬉し
花は咲き満ちて
誘う風、嫋やかに
我らが胸を
あやしく叩き初めぬ
来れ、友よ
春風は待てり
野に山に、天に地に
かぐわしき羽衣空に靡きて
眼路遥けき緑野に、陽炎踊るを見つらむ
蜥蜴は、ああ、嬉しそうな百舌鳥の歌声が聞こえてくる、早く春風に会いたい、早く春風のあたたかな手にすがりたい、百舌鳥は嬉しそうに巣をこさえ始めた、と思わず膝を叩くと永い冬の眠りからぱったり目覚めて、百花咲きそろう緑の野辺に、頭を出した。野辺を眺めていた土人たちは、ふとどことなく響いてくる百舌鳥の歌を聞くと、春になった、百舌鳥は歌う、野辺は香る、花は笑う、春の楽しみはまた格別、一冬の休みで、蜥蜴もだいぶ越えたに違いない、初蜥蜴ご馳走、喉がなる、とせっかく春を喜んで飛び出てきたばかりの蜥蜴を狩り立てる相談をしている。すると、出し抜けにがさがさと草をかき分けて逃げてきたのは、蟻食いだった。彼女たちのただならぬ顔つきは、いま小さな赤ん坊たちを、砂の中に埋めて逃れてきたからである。生まれ落ちてやがてになると、赤ん坊にもたくさんな針毛が生えて来る。こうなると、さすがの母親も、自分の袋に入れては歩けない。新緑が深緑になる頃には、母親たちは、一人前に肥え太った自分の子供と会うことだろう。春風は軽い車に乗って、野山を馳せまわり続けている。森の影にも谷川の辺にも、山にも野にも、可愛らしい花が綺麗な着物を着て並んでいる。綾錦(あやにしき)を着流して、蜜のような歌声を響かせているのは雄鶏であった。やがて、その好い声に、その美しい着物に吸い寄せられて来た雌鶏と一緒に、楽しい家をこさえようというのだった。優しい春風の情に生気づいた植物や鳥や獣や人間たちは、精一杯の力で、ぐんぐんと太り、肥えて、増えて行った。するとじっとこの有様を見守っていた炎のような夏の太陽は、燃え盛る火を掲げて、優しい春風を追い立てに来た。花たちは顔を伏せて泣いて凋み落ちてしまった。鳥たちは、涼風のそよぐ朝早に、忍ぶようにして春風の情を思い出しては、泣き続けていく。春風を慕う涙の乾ききれないうちに、早くも冷酷な木枯らしは吹いて来た。あれほど威勢のよい太陽までも、いままで燃やし続けていた火を消してしまった。木の葉は、ぽっくり首をもぎ取られて、大地さして、舞い降りていく。もう冬の天下となった。愛の女神、生成の女神春風は、どこにどうしているのでしょう。

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楯の甲羅

ある日、蜥蜴が三人の子供と一緒にマーリーの広野で、しきりに芋を掘っていた。すると後の藪が、がさがさと不思議な音を立て始めた。彼女は、風もないのにおかしいな、と不審そうに首を傾けて、じっと耳を澄ましていた。突然ぐいと後から首を捕らえた者があった。そして、静かに、騒いではならない、自分のお嫁さんになってもらえればいいのだ、ただ黙って、家に来てもらえれば、それでいいんだ、子供さんたちの面倒も見てあげよう、という男の声に驚いて見上げると、それは亀だった。その手には厳しい楯と、鋭い槍とが気味悪く光っている。自分のてには、細い一本の棍棒があるばかりだった。蜥蜴は暫く眼をくるくるさせていたが、やがて静かにうなずいた。亀は、いままでのしかめ顔を壊すように打ち笑みながら、子供もろとも引き連れて帰ってきた。亀仲間の人々は美しい蜥蜴の姿を見て、連れて来た亀の背を、ぽんと勢いよく叩いて、えらい美人を拾ってきたな、よくまあ、あの蜥蜴仲間の者があんな綺麗なのをくれたね、と言うと、亀は迷惑そうな顔をして、ちょっと失敬をしてきたんだ、と答えた。仲間の者たちは、でかした、だが蜥蜴仲間の者どもは、そのままにしてはおくまい、それでも一人で戦ってみる肝っ玉はあるだろうな、私たちは知らないよ、勝手なことをしたからには、そのぐらいのこと、覚悟の前だろう、そうとも知らずに私たちは、美しい乙女でも世話しようと思って、村中を絶えず探して歩いていたのに、転ばぬ先の杖がご用心、ははは、と仲間の者たちは、不平でならないような口付きでさんざん詰り寄った。たちまちたくさんな蜥蜴たちが、野を蔽う雲のように押し寄せてきた。草のざわつく音、原を蹴り立てる響きは、次第次第に近づいてくる。彼らの手にかざしているのは、平和の徴の木枝ではなく、研ぎ澄ました槍、厳しい楯だった。優しい女の姿もなければ、体全体を血生臭い戦色に塗り立てている。亀の危険は、一歩一歩と迫ってきた。物凄い風が、さっと吹いて来た。ぎらぎらと目を怒らした亀たちの酋長は、蜥蜴女を盗んで来た若者を顧みて、若者、お前の胆力を示すときはきた。遠慮はいらぬ。向うの野原に駆け出て、その女とやらを盗んで来た力を、うんと見せてやれ、雲のようなたくさんな敵、相手にとって不足はなかろう、私たちは、手をこまぬいて、ここでお前の奮闘ぶりを眺めている、と厳しく申し渡した。
無念さに歯をきりきりさせていた若者は、荒鉄のような楯を二枚取り上げて、一枚を腹に当て、一枚を背に当てると、握り太の大槍を摑みあげ、なにを、と叫ぶなり、真一文字に群がる敵の前指して踊り出した。槍衾(やりぶすま)を組んだ敵は、荒脛立てて、突進してきた。眉毛を逆立てた若者は、草も平伏す大声で、来い、と叫んだ。途端に群がる敵が射かけた飛去来器、槍は雨霰と降り注いだ。烈火のように雨を怒らせた若者は、ひらりと身を翻したと思うと、楯の下に隠しておいた槍を引き出すなり、ぴたり額の前にかざした。降り注ぐ槍はぱりぱりと跳ね返って、大地に向かって立った。若者は、さあ来い、撃てるものなら撃ってみろと、神を打ち振り乱した顔は怒り猛る悪魔のようであった。風なりするものすごい音再び槍の雨は、若者も粉微塵と言わぬばかりに降りかかったと思うと、ぱりぱりと跳ね返って、若者の周囲に林のように突っ立った。息まき立った蜥蜴どもは、もう襲い掛からんばかりに攻めよっている。若者の後ろには、青々とした入り江の水が、吸い寄せるように打ち寄せている。さすがの若者の命も、今は風の前の燈火となった。三度槍の雨は降りかかってきた。追い詰められた若者の頭には、なにやらきらりと閃いた。血走った眼を向け変えた彼は、胸の楯を脱ぎ捨てるが早いか、握りしめていた槍を並み居る敵めがけて投げつけ、身を水中へ躍らせた。真っ青な水は、真っ白な沫(しぶき)となって、雪のように散った。泡は、ぶくぶくと気味の悪い音を立てて、湧きかえっている。はやり立った敵どもは、奴は逃げたぞ、みんな注意しろ、浮き上がってきたら、今度こそ有無を言わさずひと突きだ、と手に唾して槍を構えながら、水面をきっと見つめていた。驚き騒いだ水は、次第に静まって行った。けれども若者の姿は、いつまでもいつまでも水面に現れて来なかった。勇敢な蜥蜴たちは、若者が身を躍らした淵目掛けて飛び込んだ。するとそこには、いままで見たこともない、背には楯のようなものを荷った怪物がいた。水を潜って行った人たちは、それを捕まえようとしたが、そのたびごとに首と手足を、くるりとひっこめてしまった。気味悪くなって浮き上がってきた人々は、あれは海亀だ、と口々にいっていた。海亀というものは、こうして海に住むようになった。

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雨乞い医巫

永い永い旱天(ひでり)続きに、河という河は日頃魔物の住処とまで言われている淵まで、水一滴無いようになった。ギラギラと焼け付く太陽に、か弱い草は、黄色い顔をして、あちらこちらに倒れ伏している。丈夫な大木までが、苦しそうな最期の息を吐いていた。住主もない家は見る影もない体を大地に横たえて、気ままに腐れ落ちて行った。雨の降るときのほか必要もない土人たちは崩れていく家を顧みる者もなく、ただ心ばかりの小枝でこさえた宿影に、憎らしい太陽を恨んでいた。
旱(ひでり)の苦しみは、樹も草も人もみな同じだった。ヌーンガーバッラー村の若者も、また同じように、初めはこそこそと言っていたが、後には誰も憚らない大声で、小さい頃には、よく聞いていたが、医巫様は、わしたちが苦しんでいるときは、いつでも雨を降らしてくださるという、だが、この頃の有様は、いったいどうだ、草は焼けただれる、草の実がならなければパンもできない、カンガルーは倒れ、賢い奴は火食鳥にしろ、鴨にしろ、白鳥にしろ、遠いところへ逃げて行ってしまった。水がなくて喉が焼けそうな、わしたちは今度は命の糧で、肉を削られていくんだ。それでいいのか、由緒あるこのヌーンガーバッラー族も、先祖の墓地に、醜い末路をしなければならぬ、思えば情けない、医巫さんたちは、平生偉そうな顔をしているが大概雨を降らしてもよさそうなものだ、と話し合っていた。若者たちの不平は、蚊の声のように耳に響いてくるが、長老の医巫は石のように黙ったまま、やがて二日か三日間くらい毎日毎日入り江の淵さして、潜って行った。彼はこうして、深い海の真底に、端に白鸚鵡の羽毛をつけた一本の長棒と、その傍に吹いた津の大きな磨きのかかった礫石(ずめ)とを置いて来たのであった。この礫石(ずめ)というのは、特に女たちに見せてはならないので、いつも腰衣の襞の間か、または帯の間にか、そうでなければ頭にかぶっている網の中に入れて、身に付けていたのだ。丁度水潜りも今日で終わろうという、三日目のことであった。医巫は、多くの若者たちに向かって、村の者たちが残らず入れるだけのたくさんな小屋をこさえるため、石斧で、たんと樹皮を集めて欲しい者だ、と言った。彼らが、せっせと忙しく立ち働いて、たくさんな樹皮を集めてくると、今度は、蟻塚を大地から1フィートばかり盛り上げて、焚火するための樹枝などをその上に置いてほしい、小屋を建てるにはどこでもこれだけの下準備はしなければならない、と医巫は再び、重々しい唇を開いて言った。やがて医巫から教わった通りの小屋は、出来上がった。医巫は、見事、これでひとまず出来上がった、今度は第三の注文、皆は、入り江の淵辺に集まってくれ、と厳かにいうと、男も女も年寄りも子供も、不審そうな眼を輝かせながら、淵辺指して集まった。青々とした水は、淵深く沈む一本の長棒、二つの美しい礫石(ずめ)の謎を隠すようにして、ひらひらと小波を漂わせている。医巫は自分に続くように低く叫ぶと、ざんぶとばかり身を水の中へ躍らせた。男も女も、年寄りも、子供も続いて飛び込んだ。みるみる水の面は、たくさんな黒い頭で、まるで小石をまいたようになった。暫く経つと、ぽっかり浮かび上がった医巫は、一人一人背後へ泳ぎ寄っては、頭の後や背に吸い付いては、水の中へ唾をすると、木炭の塊が出てくるのであった。こうして残らず人々に吸い付き終わった医巫は水中から体を起こして、陸へ這いあがろうとした。すると出し抜けに現れた一人の若者が、彼を抱きしめるなり、再び水中の中へ投げ込んでしまった。這い上がろうとしては引きずり込まれ、引きずり込まれては這い上がろうと、幾度となく繰り返しているうちに、とうとう医巫は全身をわなわなと震わせ始めた。それは、人々に早く陸へ上がれという知らせだった。医巫は、若者たちはこの小屋に入って眠るのだ、と樹枝を編んでこさえた傍らの大きな小屋を指さしながら、こう命令すると、自分をはじめ二人のおじいさんと二人のお婆さんとは、いまにも引っ越しをするように世帯道具を残らず背に担って、その小屋の外に立っていた。絶えず落ち着かない風に小屋の周囲を歩き回っているのから見ると、どこからか合図でもありそうだ。すると程なく墨のように真っ黒な雲が、遥か地平線のかなたに現れたかと思うと、続け様に湧き出てきた黒雲は、踊るように、天空を奔流のようにかけ始めた。野辺の枯草は、このただならぬ様に、死にかけた眼をかっと見開いた。乾いた大地までが、踊っている。眼を射続けていた太陽は、驚き慌てて、黒雲の後ろへ逃げ隠れた。時々物凄い暴風雨の前兆が、電光の龍のように黒雲の間を走っている。天地は、たちまち暗闇となってしまった。固く口を一の字に結んで、じっとこの有様を眺めていた年寄りたちは、膝を打ちざまに小屋の中に飛び込んで、若い衆起きろ、外に出て天空を見るがいい、と叫びたてた。医巫は、ぐずぐずするな、時期は迫って来た、道具を集めた、物の具はっ付けた、付けたら、木の小屋へ逃げ込め、と意味ありそうな医巫の叫び声が、力強く響いた。若者たちが身を物の具に固めて、槍片手に木の小屋に逃げ込んだと思うと間もなく、天地も覆ったかと思われる百雷の響きが、どっと轟き渡った。若者たちは、くわばらくわばら、と恐ろしさのあまり、眼を瞑ってしまった。黒雲をついて聳える遠山は、幾百千の猛獣の咆哮のように答えた。天空が真二つに裂けたと見る間に、巨人が振りかざす大槍のような電光が、閃いた。大地は首を地締めて震え、木々は枯れて白くなった頭を振りたて根扱ぎになり踊り出そうとしている、草草は双の眼を瞑ったまま、平蜘蛛のように、打ち伏していた。たちまち真っ赤な火の柱が、おののく天地を真二つに断ち切った。無惨にも、青ざめていた一本の木は、あっと言う間もなく、落雷の毒爪にかき裂かれて、黒焦げになtっていた。ひしと石のように固く抱き合った土人たちは、念仏唱える物もなく、雷が轟くごとに、引き付けるように飛び上がる。子供たちは火が付いたように泣き出した。犬どもは、主人の膝の中に頭を挿し込んだまま、動こうともしなかった。女たちは、どうしよう、怖い、いよいよ体を引き裂かれる時がきた、お前さん何とかしてくれ、と口も張り裂けんばかりに、金切り声を建てて叫ぶけれど、男たちはただ黙ったままで、紫色になった唇を、ぶるぶる震わせていた。よし、私が行こう、暴風雨は、ぱったり止めてやろう、安心しなさい、電光は、もう一歩もこの小屋に近づけはしない、と不意に厳かな落ち着いた声が響いた。すっくと起ちあがったのは、ぎろぎろ眼を光らせながら、さっきからこのさまを見守っていた医巫だったのだ。物凄い暴風雨の真ん中に、悠々と乗り出した彼は、急に筋金でも入ったようにしっかと大地を踏んで、むくむくと湧き返る黒雲をぐいと睨んで、電光が閃き、雷鳴が起こるたびごとに呪文を唱えだした。「ガーリームーレーイ、ムーレーイ、ガーリームーレーイ、ムーレイ、ムーレイ」たちまち荒れ狂っていた雷は、黒雲の彼方へ逃げて行ってしまった。吹きまわっていた旋風はその姿を隠し、天地には、重々しい静けさがさっと拡がった。そよ吹く風は、戦き苦しんでいた木や草を和かに撫でている。ほどなく降り始めた雨は、天を傾けた大雨となり、乾ききった大地の口に流れ込み、潤し、山より野原へと、喜びの声を挙げながら走って行った。草は、口を開けて躍り上がり、木は頭を体を足を手を叩きつける雨を仰いで、うれし泣きに泣いている。鳥も獣も、永い間の苦しみを逃れて、流れ落ちる雨を双の手に受けながら、貪り飲んでいる。雨は、数日間、河を満たし、谷に溢れ、振り続けた。初め年寄りたちが天に溢れた黒雲を望みながら、小屋を見守っているとき、医巫は一人頷いて、縁に沈めておいた長棒と美しい二つの礫石(ずめ)とを、再び取り上げて来た。雨は晴れ、野辺の若草は、めきめきと緑の頭をもたげた。草も木も輝かしい面をあげて、野原には、また楽しい生活が始まった。人々は、盛んな踊りを開いて、ヌンガーバッラー族の雨乞い医巫の力を、口に揃えて歌い讃えていた。医巫は、土人たちの不平に耳を傾けなかったと同じように、土人たちの誉め立てをただ黙ったまま聞きもしなかった。だが、自分の偉大な力を見せてやろうと思った彼は、あたりの村の雨乞いたちを呼び集めて、グーグーレウォンの野原で力を試すことにした。人影もないグーグーレウォンの広野は見る限り一面の枯草で埋められ、旱魃の苦しみに悶え続けている。土人たちは、広野の周囲に小屋をこさえて、成り行きを眺めている。やがて医巫やその他の雨乞いの力で、見る限りの荒野は、たちまち大水でいっぱいとなった。広野が一面の湖となるのを見計らって医巫は、自分の村の若者たちに向かいながら、大分水も溜まった、さ、網を持って来て、魚でも捕るがいい、と言った。若者たちは、冗談をおっしゃいますな、湖は、雨が溜まってできたものでえ、河の洪水とは違う。なに、明日あたりには、乾きあがってしまうだろう、それに魚なんて、どうしているものですか、となおも疑い深く尋ねた。医巫は、黙っているがいい、私は言いつけるのだ、行って魚を捕れ、お前たちの網に、何も入らなかったら、その時は、私もこの広い口を閉じて、女たちと一緒に蜜や芋採りでもして暮らす、と言った。若者たちは、急いで網をもってきて湖の中に入った。最初の一網に、たくさんの魚が跳ね上がってきた。二網三網と山のように積み上げられた魚は、人の口に余り、犬迄ご相伴になった。村の年寄りたちは、寄り集まって、魚は捨てるほど獲れる、村の人たちは幸福な生活を送ることができる。丁度いい時だ、早く入会式を開いて、一人前になる子供たちを、祝ってやろうじゃないか、と相談していた。そして、村から離れたある山地の中を伐り開いて、女たちには知れないように、そっと用意を整えていた。こうして、雨乞い医巫の功績の語り草に並んで、いまにも語り伝えられている有名なグーグーレウォン大入会式は、開かれたのであった。

メモ:ペルーの魚の住む湖、インドネシアのアッラーに命乞いした魚と関係がありそうだ。

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